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11-3 魔王と生徒会長、あくる日の危機一髪




「はい……はい……安全柵が倒れてるので分かると思います……はい……すみません。お願いします」


 無事に先生に連絡を取れたツクモは現状を伝え、一度スマホから耳を離した。


「怒られちゃった。でも、すぐ捜しに来てくれるって~」

「はい」


 ふたりが落ちた地点からは、すでに山頂が見える距離だった。

 目印もあることだし、先生らもすぐ見つけられるだろう。


「あっ! そういえば例の三年生たちだけど、なんだか途中で初級者コースに戻ってたみたい。もう山頂にいるんだって」


 どうやら余裕ぶって勝手に上級者コースに挑んだものの、想像以上のキツさに早々にリタイアしてしまったらしい。


「まあ……無事ならよかったです」

「そうだね~」

「……ん? じゃああの靴は一体?」

「誰か別の人の落とし物かな?」

「かもしれませんね」


 よくよく思い出してみれば、あそこに靴は落ちていたが滑落跡らしき物はまったくなかった。

 全部盛大な勘違いだったことが分かり、ふたりは安堵する。


 あとは助けが来るまでオーマがぶら下がり続けるだけ、そしてそれは余裕だった。

 もう安心と、ふたりはようやくひと息ついた。


 だが彼らは忘れていた。

 油断した時にこそ事故には気をつけなければならないのだと。


「……!?」


 一瞬、ツクモが体をぶるっと震わせた。


「会長? 寒いですか?」


 晴れたとはいえ、彼女は一度は濡れ鼠になったのだ。

 山の風に当てられて体が冷えてしまったのかもしれないと、オーマは心配し、それは部分的に正解だった。


「あ、うん。そうね、寒くて……あの、な、何でもないから……ね?」


 ツクモはそう言ってぎこちなく微笑む。

 妙にソワソワとし、急に落ち着きがない。

 明らかに何か隠している様子だった。


「……どうかしましたか?」


 オーマはもう一度尋ねる。


「えっ!? なっ何でもないよ?」


 しかし、今度は明らかに慌てた様子でツクモは否定する。

 普段であればここで一度引いたところだが、今はなお緊急事態だ。


 何らかの異変が彼女の身に起きているのなら、早急に対処しなければ取り返しのつかないことになりかねなかった。


「こんな時です、困っていることがあれば仰ってください」

「えっ……と……その……」

「会長」


 なおも口ごもるツクモにオーマは重ねて尋ねる。


「あの……ね……たぶん、安心して……気が揺るんだから……あの……」


 ツクモも観念したのか、言葉を何度も濁しながら……ついに彼女に身に起きた異変について白状する。


「………………トイレ行きたくて」


 蚊の鳴くような声とともに、ツクモは顔を耳まで真っ赤にする。


「……! 失礼しました!」


 ようやく事情を察して、オーマは即座に謝罪した。

 そういえば生徒の誘導中、熱中症対策にツクモはきちんと水分を摂っていた。


 常であれば正しいが、この時ばかりは裏目に出た。


 ただでさえ一度体を冷やしていた上に、極度の緊張から一気に解放されて気が緩めば、尿意のひとつふたつ催すというもの……!


 さらにマズいことに彼らを助けるため、先生に生徒会の面々がこちらへ向かってきているのだ。


 崖から落ちかけた状況を鑑みれば、彼女が粗相をしたとしてもそれを笑う人間はいないだろう。むしろ同情する者の方が多いはずだ。


 しかし、男子の浅ましい欲望が時と場合を選ばないことは、つい先程オーマも実感済みだ。

 敬愛する彼女をそんな好奇の視線に晒すなど、彼の矜恃が許さなかった。


 だが――その時畳みかけるように彼の耳に嫌な音が届いた。



 パキ……キキィ……



「……!」


 己の手で握り締めているからこそ伝わる木の枝の軋み。


 オーマの絶対的握力であれば一日中ぶら下がるのも容易――だが、肝心の木の枝が巨漢の彼の体重をいつまで支えられるかは別問題だ。


(しまった……!)


 最大の問題を失念していたことに気づくがもう遅い。


 伝わる軋みから、もうあと十秒もしない内に枝が折れると分かり……逆にオーマは決意を固めた。


「会長。今すぐ目を閉じて、腹に力を入れていてください」

「え?」

「下ります」

「え……えぇぇ!?」


 あえて覚悟を決めてもらうためにオーマは告げ、ツクモがそれに驚きの声を上げた瞬間――ついに崖から生えた木の枝が根元から折れた。




 ヒュンッと背骨を通り抜ける浮遊感の後、ふたりは落下した。


「―――」


 落ちながらオーマはカッと目を見開く。

 彼の動体視力は高速で下から上に流れる崖の壁面の凹凸を極めて正確に捉えた。


「!」


 オーマは落ちながらその凹凸を片手で掴み、落下を止める。


 が、止まったのも一瞬。

 彼らの重さに耐えきれず、ボコンッと掴んだ凹凸は壁から剥がれ、再びふたりは落ちていく。


 しかし、落下速度の減速には成功していた。

 オーマは片腕でツクモを抱き締めながら、腕一本と両足を使い、同じ要領で減速しながら崖下へと下りていく。


 一度でも失敗すれば即死のフリフォール。

 だが彼は一度も失敗しなかった。


「……ッ!!」


 最後に、ドンッ!!と大地に小さなクレーターを作りながらオーマは崖下に着地した。


「会長。目を開けていいですよ」

「……」


 ツクモは恐る恐るまぶたを持ち上げ……ここが崖下と気づいて心底驚いた様子だった。


「ホントに下りちゃったんだ」

「……ッス」


 と、そこでツクモをめちゃくちゃ抱き締めていることに気づき、彼は慌てて彼女を地面に下ろす。


「じゃあ、あの」

「目も耳を塞いでおきますので安心してください」


 ツクモが全て言い切る前にオーマは早口で答え、まぶたを固く閉じ、大きな手の平で完全に耳を塞ぐ。

 が、彼女の指が彼の脇腹ツンツンとつつく。


「?」


 何か用があるのかと思い、オーマは一度目を開けて手を離す。

 すると、彼を見上げるツクモと目が合った。


「ありがとうね、オーマ君。あとでちゃんとお礼するけど、本当に命の恩人だよ」

「いえ……そんな」


 謙遜するオーマにツクモは微笑を浮かべるが、ふとその頬に朱が差して、


「でも、今日のことはなるべくみんなには内緒にしてね」


 と、彼女は恥ずかしそうな声音で囁いた。

 その初めて見る表情にオーマはまたクラッときたが、慌てて平常心を整えて頷いた。



 こうして最強の魔王から心底余裕を奪った危機一髪は無事に過ぎ去ったのだった。




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