11-2 魔王と生徒会長、あくる日の危機一髪
降るのも唐突なら止むのも唐突な雨が上がり、オーマとツクモはルール破りの三年生を捜しに再び山道を登り始めた。
彼らが今歩いている傾斜は崖がすぐそこにあり、安全のため柵が設けられている。
「……」
「……」
無言。
まあ何だろうか、いくら裏社会の親玉であろうと、いくら名門校の完璧生徒会長だろうと、お互いに年頃の男女である。
それがふたりきりの状況であんなことがあれば、多少気まずい雰囲気にもなる。
とはいえ、あくまで他意なき不幸な事故。
数日もすれば水に流せるような出来事であった。
しかし――不幸な事故とは重なるもの。
「あっ! あれってもしかして!」
不意にツクモが何かを見つけて指を差した。
彼女が指差した先では、山の地肌が雨で崩れて安全柵が倒れてしまっている。
その傍に誰の物とも知れない泥まみれの靴が落ちていた。
「!」
まさかと思ったのだろう、ツクモは真っ先に走り出し、靴を拾い上げる。
そして、彼女はその靴の持ち主を捜して崖下を覗き込もうとして――慌てすぎたのか、彼女自身も足を滑らせた。
「会長!」
オーマは思わず叫ぶ。
彼の目の前でツクモの体が宙を泳ぐ。
もし気まずさから彼女と微妙に距離を離していなければ、その足が地面から離れるより前に手を引っ張ることもできただろう。
しかし、もうそれは間に合わないと彼は直感する。
その直後――オーマも崖下めがけて跳んだ。
そんな経緯を経て、状況は冒頭に戻る。
空中で彼女をキャッチしたオーマは崖から突き出た木の枝を掴み、何とか落下を食い止めて今に到るというわけだ。
「……」
オーマはチラリと下を見た。
地上は遙か彼方……校舎の屋上から飛び降りる方がまだ簡単そうだ。
次に彼は頭上を見やる。
元の山道までは目視で大体二十メートルほどだろうか。
オーマひとりならばロッククライミングの要領で戻るのは簡単だ。
だが今は片手がツクモで塞がっている……さすがに無理だろう。
「会長、空飛ぶ魔法なんてのは……?」
「ごめん。飛行魔法は規制が厳しいから、私も覚えてないの」
優秀な魔法使いの彼女ならと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。
(参ったな、こりゃ)
とりあえず、オーマの腕力であれば一日中でもぶら下がっていられるので、当面落ちる心配はない。
なら何が「参った」なのかというと……密着しているツクモだ。
もちろん状況的に不可抗力なのだが、何というか、とても柔らかい。
どこがとは口が裂けても言えないが、欲望という奴は時と場所を選ばないもので、健全な男子に彼女の体はあまりにも過剰供給だった。
それにキャッチして抱き締めた時に体操服が捲れ上がっており、彼女のお腹が直接当たっていた。
そこから伝わる体温やじわりと浮かぶ汗の感触が……。
「……っ」
オーマは己の理性を総動員して、胸中の葛藤を表情にはおくびにも出さなかった。
とはいえ、それもいつまで保つか分からない。
かつてない窮地に、さすがのオーマも余裕を失いつつあった。
しかし、現状を打破する手段は今のところ皆無だ。
「むぅ……」
オーマは唸り、何か助かる手立てはないかと考える。
と、そんな彼を見てツクモがシュンとした。
「ごめんねオーマ君……私が足を滑らせたばっかりに」
「……いえ」
腕の中で縮こまるツクモに、彼は首を横に振る。
「会長のことは最優先で守れと先輩方にも言われてるんで」
「でも……」
気にしないように言うオーマに対し、ツクモはなおも謝ろうとするが。
ピリリリ
その時、彼女のハーフパンツのポケットから電子音が聞こえてきた。
「……スマホ!」
その音でオーマもツクモもスマホの存在を思い出す。
先程まで電波が通じない状態だったが、天候が回復したことで復活したようだ。
「会長、何とかそいつで助けを」
「う、うん!」
オーマはそれが大変だと分かっていながらツクモにそれを頼み、彼女もふたりで助かるために緊張の面持ちでそれに頷いた。
ただ電話に出る――が、たったそれだけの行為が今は難業だった。
オーマの両手は前述の通り塞がっている。
ツクモも落ちないように彼の首に両腕を回し、必死にしがみついている最中なのだ。
一歩間違えれば即転落。
そんな状況でしがみついている首から手を離し、お尻のポケットからスマホを取り出さなければならない。
何であれば大の男でもビビって手が離せないだろう。
それをまだ十代の少女に強いるのはあまりに酷だ。
「……うぅ」
ツクモとて、すぐに決心はつかなかった。
やがて電話の通知音がやむ。
かけ直せばいいだけなのでそれは問題ない。
が、何にせよスマホを取り出さなければ始まらなかった。
「会長」
オーマはツクモを抱く腕に力を込めながら、彼女のまっすぐ見つめる。
「俺が絶対に離さないんで……信じてもらえませんか?」
その言葉にどれほど説得力があったのかは分からない。
だが、それを聞いた彼女の体から少し力が抜けた。
「じゃあ……お願いね」
ツクモはそう言って微笑むと、意を決して右手をオーマの首から離した。
彼女は右手をポケットに伸ばす。
その代わり、残った左手にはこれまで以上に力が入る。
「……っ」
己の胸板に感じる柔らかな感触に耐えつつ、オーマは彼女の体をしっかりと支え続けた。
「……取れた!」
一分ほどかけてツクモはスマホを取り出すのに成功する。
「やったよオーマ君!」
「ウス」
弾んだ声を上げるツクモに、オーマも滅多に浮かべない笑顔で応え、ふたりは喜びを分かち合った。




