11-1 魔王と生徒会長、あくる日の危機一髪
「困ったわね……どうしましょう?」
「……ッス」
ツクモの呟きにオーマは短く答えた。
「オーマ君、腕大丈夫?」
「……ッス」
心配する彼女の声にもオーマは短く答えた。
彼にしては珍しく余裕がなかったのだ。
なぜなら今のふたりは……オーマが片手で体操服姿のツクモを胸に抱き、もう片方の手で断崖絶壁から生えた木の枝にぶら下がっている状態なのだから。
何がどうしてこうなったのか?
事の発端は一時間ほど前にさかのぼる。
クラ高の生徒は自然と触れ合うという名目で山にハイキングに来ていた。
こうした校外活動では生徒会がこき使われるのが常である。
だが、今日与えられたのは生徒の誘導係という、とても簡単なお仕事だった。
ただ立って生徒を誘導するだけの仕事と聞いてブランギなどは、
「誰かがうっかり上級者コースに迷い込まなきゃ問題ないですね」
と、笑って言った。
数十分後、三年生の一部が誘導を無視して上級者コースに向かったと連絡が入った。
「何なんだそのバカどもは!?」
この山の上級者コースはわりと険しい山道で、ちゃんとした装備をしてこないと登るのは危険とされるコースだった。
だがそれでも慎重に進めば何とかならなくもない……はずだったのだが。
「ツクモ会長、天気が……」
山の天気は変わりやすいというが、今回はタイミングが悪すぎた。
すぐにツクモはスマホで教師に連絡を取ろうとしたが、
「電話も繋がらないわねぇ」
悪天候の山中では電波も届かず、生徒会は決断を迫られることになった。
「やっぱり見捨てるわけにはいかないわ。私がちょっと捜してくるわね」
ツクモはその三年生たちを捜しにいくと主張したが、これは周りにいた生徒会メンバーに反対された。
が、そうしている間にも山を覆う暗雲はドンドン濃くなっている。
このまま雨が降り出せば山道の危険性はますます増していくのだ。
万が一にも遭難、あるいは滑落事故にでもなれば、大惨事が予想される。
それはツクモだけでなく、その場にいた生徒会メンバーにも分かっていた。だが彼女をひとりで行かせるのも不安だ……と、皆が結論を出せないでいると。
「……あの」
そこで手を上げたのがオーマだった。
「俺が会長についていきますんで」
「オーマ君!」
彼の提案にツクモはパァッと笑顔になった。
「くれぐれも慎重に進むように」「最悪の場合は会長を最優先で守れ」などなど念入りに(オーマだけ)注意されてから、ふたりは上級者コースへ入っていった。
上級者コースは話に聞いていた通り、ゴツゴツした山道になっていた。
「会長、手を」
「うん。ありがとう」
オーマはツクモが転ばないように手を貸しながら進む。
(想像してたより傾斜がキツいな……俺ひとりで来るべきだったか?)
恵まれた身体能力を持つオーマはともかく、平均的な女子であるツクモには辛い山道に思えた。
「山道キツくないですか?」
「大丈夫。ちょっとだけ魔法使ってるから」
「……!」
そういえばツクモは魔法力に関して言えば、平均どころか学生としてはトップクラスの腕前である。
身体能力を上げる魔法は基礎中の基礎。
彼女がそれを使えば山道を苦もなく登れるのは当然と言えた。
どうやら無用な心配をしたようだと、オーマは彼女の手を離す。
たいした意味もなく女性の手を握るのは下心があるように思ったからだ。
「あ……」
手を離した時にツクモが一瞬声を漏らしたが、
「……」
「……」
お互いにそれ以上何も言わなかった。
さて、そうしてふたりは順調に上級者コースを進んでいった。
しかしその途中、危惧していた通り雨が降り始める。
「会長、そこの窪みに」
「……うん!」
道の脇に生えていた大木の洞を見つけ、オーマはそこにツクモを入らせる。
「オーマ君も入って?」
「いえ、自分じゃ入れないんで」
木の洞は人ひとり分の大きさしかなく、仮にツクモが出たとしてもオーマの巨体は収まりそうになかった。
「ここも木陰なんで、大丈夫です」
葉っぱの屋根は傘と違うので完璧ではないが、雨宿りには十分だ。
それにオーマは多少濡れた程度で体調を崩すほど柔ではない。
むしろツクモこそ、ここまでで随分濡れてしまった。あとで風邪を引かないか心配だ……と。
「……アッ!」
その時、オーマは気づいてしまった。
ツクモの体操服が濡れて透けてしまっていることに。
「オーマ君?」
一方、彼女は気づいておらず、無防備な姿を彼の前に晒している。
「会長、これを」
慌てたオーマは自分の体操服の上を脱ぎ、彼女に渡そうとする。
が。
「ええ~! オーマ君、何で脱いでるの? 風邪引いちゃうよ?」
「いえ、あの……」
体操服が透けてますよと直接口に出すのは憚られ、オーマは口ごもってしまう。
「別に私寒くないよ? 大丈夫だから、オーマ君早く着て着て」
オーマの気遣いを勘違いしたツクモは洞から出て、体操服をグイグイ押しつけながら彼に着直させようとする。
そうすると彼女の透けた肌が余計によく見えてしまうのだった。
「いや……その……」
「ほ~ら~」
結局、ツクモが自身の濡れ透けに気づくまで押し問答は続いた。




