9-5 二代目魔王、推して参る
クラウディウス高校『観覧祭』は午後のプログラムを迎えていた。
その目玉は何といっても、成績優秀者同士の魔法模擬戦である。
法規制が敷かれた現代において、魔法の技能とは華道や茶道の段位と似たようなもの――即ち伝統芸能の一種と見られていた。
現代において魔法とは人格育成や教養のひとつとして語られるものなのだ。
また大戦時に人類を勝利に導いた初代王――勇者であり大魔法使い――への敬慕は今も忘れられておらず、特に上流階級においては「王の血を濃く引く」という価値観から、魔法の才の優劣はなおのこと重要視されていた。
だからこそ成績優秀として模擬戦の代表選手に選ばれ――そして優勝することは名門校の生徒にとって大変な名誉なことなのである。
その今年の優勝候補は当然、昨年優勝者のツクモだった。
通常の魔法の授業でも彼女の腕前は抜きん出ており、その連覇を疑う者は誰もいなかった。
が――その彼女は今、この学校にいない。
「キサラギ君はどこだ!?」
「生徒会にもいないのか!?」
「もし彼女に何かあったら大変なことになるぞ……!」
ツクモが行方不明であることに気づいた教師たちは、血眼になって彼女を探していた。
あまりに重大な事件なため外部には情報を伏せ、模擬戦の登録も今のところはそのまま進行している。
こっそりと司会進行を遅らせているが、幸い観客にはまだ気づかれていない。
だがその時間稼ぎにも限界はある。
シード選手である彼女の出番までまだ多少あるとはいえ、残り時間は少ない。
教師たちは何としても彼女を見つけ出そうと、今も校内を駆け回っていた。
「ククッ……」
そんなあたふたしている教師たちの様子を眺めながら、第二シードのビランはほくそ笑んだ。
(あの女が模擬戦に間に合うわけない。今頃ロズウェルドたちのおもちゃにされてる頃さ)
ビランは今頃彼女が味わっているであろう絶望を想像し、さらに笑みを深くする。
ロズウェルドのパートナーであり、ドラエナをクラ高にバラ撒いたのは彼であった。
またあの日、事務所に乗り込んだオーマを目撃し、今回の企みをロズウェルドに吹き込んだのも彼だ。
その企みとは――つまりツクモの模擬戦不戦敗である。
人が聞けば「そんなことで……」と絶句するであろう稚拙な謀略だ……しかし、彼にとっては重要なことだった。
彼は幼い頃は魔法の天才と周囲から持て囃されてきた。
前述の通り、上流階級において魔法の才は名誉と同義である。
その才を持っていた彼は幼少時より魔法の腕前ばかりを磨いてきた。
それは彼に栄誉――と、それに伴う増上慢――をこれまで与えてきたが、昨年その栄光に陰りを与えた者がいた。ツクモだ。
驕れる天才はさらなる才能によってコテンパンに叩きのめされ失墜した。
しかも彼女に備わっていたのは魔法だけではない。人徳に教養、さらに人気にも溢れ、二年生ながら総選挙で圧勝して生徒会長にまで選ばれている。
対して、ビランには魔法以外に何もなかった。
それまで彼におべっかを遣っていた者たちは、彼以上に素晴らしい人間が現れた瞬間どこかへ消えた。
今更どうにかしようにも、彼に自分を変えられるだけの器量はなかった。
だからこそ、今回のような蛮行に踏み切ったのである。
果たしてそれは上手くいった。
このままツクモが帰ってこなければ敵はいない。
優勝者の栄誉はついに彼の物になるのである。
だがそんな淡い目論見は、控え室のモニターから流れてきた司会者の声で脆くも崩れ去る。
『さあ! 皆さんお待たせしました。今年の第一シード、昨年優勝者ツクモ=キサラギ選手の入場です!』
「!?!?!?」
その声と、続けて会場に鳴り響いた歓声に驚いて、ビランは思わず控え室の外へ飛び出た。
「ツクモ様ー!」
「生徒会長ー!」
「頑張ってくださーい!」
外に出るとより一層人々の歓声が耳障りにビランの耳朶を叩いた。
彼は急いで会場の脇へ行って、中を覗く。
すると、本当にツクモはいた。
「はぁ~い。頑張りますね~」
今年新調したばかりという戦服を身に纏い、蝶と華の徽章を胸につけた彼女は、和やかな笑顔で観客席に手を振っている。
「何で何で何で何で……ッ!?」
ビランは髪の毛を掻き毟りながら何度も呟く。
何でも何もない――失敗した。それだけである。
「ふざけるな……こんな……こんな……ロズウェルドの野郎失敗しやがって……死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
しかし、その単純な事実を彼はまともに受け容れられなかった。駄々っ子のように現実を認めず、謂れのない呪詛をブツブツと呟き続ける。
十分以上はそうしていただろうか。
「クソッ……こうなったら……!」
不意にビランは顔を上げると、戦服の予備ポケットからある物を取り出した。
ドラゴンエナジーである。
しかも通常より成分の濃い特注品だ。
万が一の時のために、ロズウェルドに用意させていたのである。
これを飲めば一時的にだがツクモの魔法力を上回ることができるはずだ。
「僕にこんな物を使わせやがって……見てろよ」
増幅した魔力でツクモを徹底的にいたぶる光景を想像しながら、ビランは缶の飲み口に口をつけようとし――横から伸びた手にむんずとそれを掴まれた。
「なっ!? お前!?」
「……」
その手の主はオーマであった。
「な、何だよお前! お前なんかとっくに不戦敗になったぞ! とっととここから失せろよ!」
それが自分の所為であることを棚上げし、ビランは逆ギレしてオーマを罵った。
この期に及んでもまだ彼は思慮が足りていなかった。
なぜツクモが模擬戦に間に合ったのか?
ロズウェルドたちはどうしたのか?
そして、なぜオーマが彼の許に現れたのか?
「ロズウェルドの奴が全部吐いたぞ」
「……!?」
オーマが端的に告げたひと言は、ビランの脳天をガツンと殴りつけた。
動揺してしまった彼の手からドラエナを奪い取ると、オーマはその缶を握り潰してしまう。
「あっ……あっ!」
ビランは慌てて膝をついたが、零れたドラエナはとっくに地面のシミになっていた。
うずくまる彼の耳元に、屈んだオーマが告げる。
「アンタがこの学校でやってたことは全部把握してる」
「ヒッ!?」
囁くようなオーマの声にすら怯え、ビランはもう顔を上げることもできなくなった。
「今は黙っといてやるから、俺の稼業についても他言するな――分かったか?」
「~~~」
地面を見つめたままビランは肩を震わせる。
そんな彼を見下ろし、オーマはドラエナの缶を遠くのゴミ箱に投げ捨てた。
「男ならこんなズルに頼らずに彼女と戦ってみろ」
最後にそう釘を刺し、彼はその場を去ろうとする。
一方、全てを台無しにされたビランは地面を爪で掻き毟っていた。
(畜生!! 畜生!! 畜生!!)
ビランはカッと目を見開き、離れていくオーマの背中を睨む。
その目は憎悪の感情で赤く血走っていた。
(全部このクソ一年の所為で……!)
ビランは地面に染みたドラエナを砂ごと舐めた。
「……ッ!」
摂取量は少なかったが、ドラエナは確かな効果を発揮する。
ビランの魔力が跳ね上がり、異常な力と興奮、さらには万能感が彼を満たした。
(ブッ殺してやる!)
口の中をジャリジャリと言わせながら、ビランはその手に魔法を編んだ。
ファイアストーム。
炎の嵐をぶつけ、対象を焼却する攻撃魔法である。
当然、人へ向けての使用は違法だ。
しかし、ドラエナで精神がハイになった彼にはもはや冷静な判断力などなかった。
「死ね!」
「!」
ビランの声に反応してオーマが振り返るが、もう遅い。
人を骨まで灰にする轟炎が彼の巨体を包み込んだ。
「ハハハハ! 燃え尽きちまえバーカ!」
狂ったように嘲笑を浮かべるビラン。
彼の目には煌々と輝く炎の色だけが映っていた。
――ゆえに彼は気づかない。
なぜその炎がいつまで立っても崩れ落ちないのか?
なぜオーマの悲鳴も呻き声も聞こえないのか?
自分が誰に喧嘩を売ったのかも分かっていない男に、これ以上何かを期待するだけ無駄だった。
バシンッ、と音を立てて炎が弾かれる。
「……へ?」
炎の渦の内側から無傷で生還したオーマを見て、ビランは驚愕よりも呆気に取られて間抜けな面を晒した。
「……」
オーマはビランをひと睨みする。
「ヒッヒハッ!? ア、アヒィ!!」
それだけでビランはパニックを起こして尻餅をつく。
(こ、殺される!?)
オーマからの報復を恐れた彼は恐怖のあまり失禁した。
「……」
が、想像していた反撃は来ず、オーマは再び踵を返してその場を去ろうとする。
彼の唯一の自慢である魔法を、まるで何事もなかったように。
それはちっぽけな男の自尊心を粉々にするのに十分な行いだった。
「~~~ふざ、ふざけんなよお前! おい、お前! こっち向けよ!」
己を支えていた柱がガラガラと崩れる音を聞きながら、ビランは喚き散らす。
「畜生! どうせお前、あのクソ売女の手先なんだろ!? だから俺にこんな恥を……! 絶対に赦さねぇからな! お前もツクモも、僕がいつか絶対を地獄味わわせて――」
その先の罵倒をビランは口にできなかった。
「~~~!?」
革靴の爪先が彼の前歯とアゴを全損させたからだ。
「あの人に二度と手を出すんじゃねぇ」
オーマはそのまま蹴りを振り抜き、ビランは十メートル以上吹き飛ばされて、全身をピクピクと痙攣させながら気絶した。
余談だがその後、会場外での異常な魔法反応を検知した教師が現場に駆けつけた。
オーマはすでにいなかったが、状況証拠から犯人はビランと分かり、危険魔法使用の罪で緊急逮捕。謹慎後、クラウディウス高校を退学となった。




