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9-4 二代目魔王、推して参る




 オーマは先程と変わらぬ声音でロズウェルドに話しかける。


「気ぃ済んだらとっととその人を離せ。これ以上カタギに迷惑は……」

「うっうるせぇうるせぇうるせぇガキが!!」


 ロズウェルドは錯乱したようにナイフを振り回し、オーマに寄るなと威嚇する。


 と、その時ナイフの切っ先がほんの僅かに彼女の頬を裂いた。

 ツーッと血が一筋流れ、彼女の白い頬を汚す。



「――テメェ、やりやがったな」



 その『怒り』をロズウェルドは全身に浴びた。

 いつぞやの……そう、あのオルドも間近で感じたそれは、闇であり、噴火であり、波濤であった。


 頭のてっぺんから爪先まで何もかもが『呑み込まれ』、見えないヘドロがノドや目や耳、穴という穴から侵入し、重く、へばりつくような感覚。


 体の内側と外側から同時に圧迫されるような息苦しさ。まとわりつく重圧。

 何もない場所で踏み潰されそうになりながら、ロズウェルドは頭上を見上げた。


 巨大な廃倉庫の天井に届きそうな巨躯。

 悪鬼羅刹が如き凶悪な容貌。

 本物の地獄よりも地獄を雄弁に物語る双眼。


 死は目に見えるとロズウェルドは初めて知った。

 死には匂いがあるとロズウェルドは初めて知った。

 死には四肢があるとロズウェルドは初めて知った。

 死がこちらを見ていると彼は悟った。


「……ぁ」


 不可避の死を前に彼は何もできなかった。何をしても無駄ということだけが理解の及ぶことだった。


 あとひとつ分かることがあるとすれば……それはかの者の名前。



 ――魔王。



 その名が何故に特別であり伝説であり、魔族にとっての神であったかを知った。


「……」


 魔王がその手をロズウェルドへと伸ばす。

 抵抗はしない。無意味だ。


 そうして彼の命が綿毛よりも軽く摘み取られようとした――その時。




「オーマ! どこだー!?」


 倉庫の外で、少女の声が叫んでいるのが聞こえた。


「ボスー! 助太刀に来ましたよー!」

「オーマさーん!」

「どこッスかー?」


 続けて少年たちと思しき声。

 彼女らはオーマを探している様子だった。


「……」


 魔王でありオーマであるそれは、ロズウェルドへと伸ばしていた手を引っ込めた。

 そうすると徐々に彼の体は縮んでいき……やがて元の彼の姿に戻る。


「あっ! オーマ見っけ!」


 それと同時に声の少女――ルシールが木刀を担いで倉庫の中に現れる。

 さらにランバたちがその後ろから続き、彼女らはオーマの許へ走り寄った。


「オーマ、大丈夫!?」

「応」


 オーマは頷く。

 彼が負っていたケガは元の姿に戻った時に全て癒えていた。


「お前ら、何で来た?」

「安心してよ。オヤジたちは連れてきてないから」


 ルシールはそう答えて、ニッと笑う。


「あたし個人としてツクモとオーマを助けに来るなら問題ないでしょ?」

「……ああ、助かった」


 オーマは彼にしては珍しく小さな笑みを浮かべ、ルシールたちに感謝を述べた。


「……」


 彼らのやり取りをロズウェルドは呆然と眺めていた。

 まだ自分が生きているのが信じられず、逃げることすら忘れているようだ。


「……あっ! アンタね!? カイチョーのこと攫ったのは!?」


 と、そうこうしている内にルシールがロズウェルドに気がついた。


「ってカイチョーケガしてんじゃん! コイツ!」

「あがっ!」


 ルシールの振り下ろした木刀を肩に喰らい、ロズウェルドは持っていたナイフを取り落とす。


 彼女はロズウェルドからツクモを取り返して体を揺すった。


「ねぇちょっと、カイチョー大丈夫?」

「うぅん……こしあんがいいです~」

「……もう!」


 あまりに暢気な寝言に、ルシールは安堵と呆れのため息をついた。




 さて、残るはロズウェルドである。

 彼の部下はすでに全員失神しており、彼自身ももはや抵抗する気力を失っておとなしくなっていた。


「煮るなり焼くなり好きにしてくれ……どうせ生き延びても西の本家に責任取らされるだけだ」

「ひとつ訊きたいことがある」

「……何だ?」

「テメェら、どうやって生徒会長を拐かした?」


 高校の関係者でもない彼らが好き勝手に校内に入れるものではない。


「校内でドラエナを捌いていた窓口に協力させたんだろう? そいつの名前を吐きな」


「……いくら何でもそこまで堕ちちゃいねぇ。イケ好かねぇ野郎でも世話になったに違いねぇ奴を売ったりしたら仁義に悖る」


「おい、オッサン往生際悪いぞ!?」


 相手が誰なのかよく分かってないランバが脅しかけるが、オーマがそっと手で制した。


「そいつぁ間違っちゃいねぇが……だとしても、王位継承権持ちを攫うのはやり過ぎじゃねぇのか?」

「……何!?」


 その言葉を聞いて、ロズウェルドの表情が驚愕に染まった。


「どういうことだそりゃ……? その嬢ちゃんはアンタの女で、どこぞの大企業の令嬢としか聞いてねぇぞ」


「……」


 そういうことか、とオーマは内心で納得する。


 大陸の東と西では実のところ王家への忠誠心が異なる。

 特に首都から離れた西部に行くほど王家に対する関心は薄くなる傾向にあった。

 ツクモはまだ十代で政治の表舞台には立っておらず、顔もほとんど露出していない。

 ゆえに西出身のロズウェルドは彼女が誰なのか知らなかったのだ。


「お前さん、どうやら一杯喰わされたらしいな」

「……ッ!」


 敗北してからどこか放心していたロズウェルドの顔が、怒りで生気を取り戻す。


 それを見て、オーマは再度尋ねる。


「そいつの名前を教えろ――俺がケジメをつけてきてやる」




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