9-2 二代目魔王、推して参る
結局、オーマは着替えにだいぶ時間を使ってしまった。
ツクモを待たせてしまったと思いながら彼は更衣室を出るが……外に出ても、彼女の姿は見当たらなかった。
「……?」
覗き防止の柵が間にあるものの、女子更衣室はすぐそこだ。
彼より慣れている彼女の着替えがそこまで手間取るものとは思えない。
「……」
先に行ったのかと思いつつ、オーマは念のため数分その場で待った。
だがやはり彼女は現れない。彼を待っていたが少しこの場を離れただけ、というわけでもないようだ。
やはり待ちくたびれて先に行ってしまったのだと思い、オーマは選手控え室に足を向けた。
何にせよそこに彼女がいるはずだ。
しかし、控え室にもツクモの姿はなかった。
流石にこれはおかしいと思い、オーマは傍にいた女子に話しかける。
「あの」
「キャッ! えっ? 何!?」
「……生徒会長見ませんでしたか?」
もう面倒なのでオーマはさっさと本題に入った。
「え? 会長は……えっと、いませんね?」
「それは見れば分かります」
「いやー! ごめんなさいごめんなさい!」
「それはいいんで……じゃあ、どこ行ったか心当たりは?」
「さ、さあ……? けど確か私より先に着替え終わってたはずなんですけど……?」
その女子は「おかしいな?」と首を傾げる。
「ありがとうございました」
それ以上の情報は得られそうにないと思い、オーマはお礼を言ってまた別の女子に声をかける。
その度に悲鳴を上げられたが何とか話を聞いていく内に、新しい情報が手に入った。
「そういえば生徒会長、何か手紙読んでました」
「手紙?」
「はい。読んだあと、やけに急いで着替えて外に行っちゃって、そのあとのことは分からないですけど」
「……ありがとうございました」
その手紙というのが気になるが、中身がどんな内容だったのかは分からない。
とりあえずオーマは控え室を出て、ツクモのことを探しに行った。
――その背を見送るニヤニヤとした笑みに気づかずに。
更衣室周辺を探したが、やはりその辺りにツクモはいなかった。
さらに捜索の手を広げて、オーマは校舎の方まで戻ってくる。
だがこちらは人が多く、外では人探しどころではない。
「……!」
と、そこでオーマはツクモが生徒会室に何か忘れ物をした可能性を思いついた。
一度生徒会室に戻ってブランギ辺りに行方を訊いてみることにした。
それでも見つからなければ放送室で彼女を呼び出そう――そう考えながら、彼が自分の下駄箱で靴を履き替えようとした時。
パサリ、と手紙が彼の足許に舞い落ちた。
「?」
どうやらその手紙は下駄箱の中に入れられていたのが落ちたようだ。
拾い上げてみるが封筒に宛名はない。
だが……ここで手紙というのは、先程の女子の話と被る。
ツクモの行方の手がかりかもしれないと思い、オーマはその場で封筒を開けて中身を取り出す。
中身は写真だった。
その写真には気絶したツクモの姿が写っていた。
彼女の顔がかなりアップに撮られて背景がほとんど分からないため、どこで撮られたものなのかは分からない。
だが襟の部分は辛うじて写っており、それは戦服のそれだった。
つまりこの写真は今さっき撮られたもので、この手紙もつい先程オーマの下駄箱に入れられたということになる。
オーマは写真を裏返す。
そこには街外れの住所とともに『ひとりで来い。でなければこの女を殺す』と書かれていた。
総合すると、ツクモは何者かに手紙で呼び出されて拉致され、その何者かは彼女を人質にオーマを誘い込もうとしている……ということになる。
「あれ? オーマじゃん。どうしたのこんなところ?」
その時、また偶然ルシールが通りがかり、下駄箱でうずくまるオーマに気づいた。
「リハーサルあるんじゃなかったっけー? てか何見てんの?」
彼女は興味本位でオーマの手許を覗き込み……普段人懐こい表情を浮かべる顔を険しくした。
「何これ……どういうこと?」
「生徒会長が拉致られた」
「はぁ!?」
「俺にひとりで来いと書いてる」
オーマはそう言うと戦服の上着を脱ぎ、写真と一緒にルシールに押しつける。
「え? 何々、どうするの?」
「ちょっと行ってくる。あの人に選んでもらった服だ、汚せねぇから預かっといてくれ」
そうしてオーマはシャツの第一ボタンをはずしながら歩き出す。
どうやら本気でひとりで行くつもりらしい。
「ちょっ、待って! ひとりじゃ危ないでしょ!」
ルシールは慌ててオーマの手首を掴まえて制止する。
人の拉致など簡単なことではない。手口から考えても相手は数人、ともすると十人二十人ということもあり得た。
「オヤジもあっちにいるし……そうだ! サラリサさんも来てるんでしょ? ふたりに頼んで人集めれば、カイチョーが攫われたんならあたしも行くし!」
ツクモに対して多少のライバル意識はあるものの、ルシールと彼女は友達に変わりない。
友達のピンチに彼女も駆けつける気満々だった。
しかし、オーマは逸る彼女の頭にポンと手を置く。
「生徒会長は高貴な出自のお人だ。それを裏稼業の連中が助けたとあっちゃ、あの人のスキャンダルになる」
「……っ」
ツクモの将来を考えるなら四天会は引き連れていけない。
その理屈に返せる言葉を持たず、ルシールはただ彼を見送るしかなかった。
指定された住所は都市部を大きく外れた場所にある廃倉庫だった。
かつての大消費時代に建てられたもので、工場で作られた大量の物資を保管していたらしい。
だが人々の生活スタイルが落ち着いて消費が減ると、倉庫を持っていた工場が倒産してしまい、倉庫も放置されて未だに解体されず残っていた。
「お客さん、本当にこんなとこで降ろしていいんですか?」
「ん」
不思議がる運転手に料金を払い、釣りは受け取らずにオーマはタクシーを降りた。
去っていくタクシーが十分離れたのを見送ったあと、彼は入り口を探してしばらく周辺を歩く。
元は国内一の大工場が保有していた物なだけあって、クラ高の校舎並の大きさの倉庫が十棟も並んでいた。
「……」
その内の一棟の入り口でオーマは足を止める。
彼がジッと見下ろす地面には、まだ真新しい吸い殻が落ちていた。
オーマは拾い上げた吸い殻を眺め、捨て、倉庫の入り口を振り仰いだ。




