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8-3 魔王、カチ込みに向かう





 そのビルにはロズウェルド一家が事務所を構えていた。


「あれ? マーレルの奴どこ行った?」

「マーレルなら外回り中ッスよ、ロズウェルドの旦那」

「なんだよ、タバコ買って来させようと思ったのに」


 ロズウェルドは舌打ちし、彼の部下は苦笑いする。


「俺のでよければいります?」

「ヤダよ。オメェの吸ってる銘柄やたら甘いじゃねーか」


 軽く冗談を言っているロズウェルドだが、彼がこんな態度を取るのは身内にだけだ。


 これが敵対する組織などになると一変……どれほど卑怯でもあらゆる手段を使って敵を陥れ、骨の髄までしゃぶり尽くす悪魔に変貌する。


 その手段の選ばなさによって成果を上げ、竜王会でのし上がってきた。

 そうしてさらなる昇進のため、こうして大陸東部の首都にまで赴いてきているわけである。


 西の覇者たる竜王会にとって東部進出は悲願である。

 その先鋒を任された以上、ここで多大な成果を上げれば相応の地位が得られるはずだ。


 もしかしたら竜王会で初となる、ドラゴン種以外の幹部が誕生することになるかもしれない。

 ロズウェルドは自身の未来を夢見ながらククッと笑う。


「ていうか旦那、例の客はどうしたんですか?」

「奥の部屋で接待中だよ。ったく、あの坊ちゃん、自慢話が長いったらありゃしねぇの。ああいう奴のご機嫌伺いは面倒で……」


 だからタバコが吸いたくなった――とロズウェルドは続けようとしたが、彼のセリフは部下が事務所のドアを激しく開けた音に遮られた。


 事務所に転がり込んできたのは外回りに出ていたはずのマーレルだった。


「何だうるせぇな! ドアくらい静かに開けろ、客が来てんだぞ!」

「ロ、ロズウェルドさん、ひ、東のヤローどもが」

「東ぃ?」


 その単語にロズウェルドはピクンと反応する。

 彼らの間で「東」といえば四天会のことだ。


「四天会がどうした!?」

「あ、あいつら急に現れて、俺以外の仲間もみんな……ッ」

「……()られたのか!?」


 よく見ればマーレルの顔は腫れ上がり、殴打の痕があった。

 服の所々は破れ血の飛沫があちこちに飛んでいる。


「クソが! またあのサラマンダーの奴らか」


 四天会でも武闘派で鳴らすサラマンダー家とは、彼も何度もかち合っていた。

 奴らのアタマであるオルドは激しい気性で、抗争の度に互いに死者を何人も出している。


「上等だ。今度こそブッ殺してやるよ……!」


 負けじと気を吐くロズウェルド。

 彼もまた竜王会の先鋒を任されるだけのことはあり、謀略以上に戦いが好きなタチであった。


「ま、待ってくださいロズウェルドさん!」

「あン? どうしたマーレル」

「違うんです!!」


 早速部下を集めて戦争の準備を始めようとしたロズウェルドを、マーレルが縋りつくように押し止めた。


「今回の奴らはサラマンダーじゃねぇ! 例の二代目魔王が指揮を執ってるんです!」

「ああン?」


 二代目魔王を襲名した男がいる。

 その噂は当然ロズウェルドの耳にも届いていた。


 だが、噂は噂だ。

 その証拠に、噂が流れてからも彼らの抗争相手はずっとサラマンダーのままだった。


 本当に魔王が生まれたなら、目障りな自分らを真っ先に排除しに来るはずではないか?

 少なくとも魔族の間で語り継がれる『魔王』であれば、逆らう者に容赦などするはずがないのだから。


 だからロズウェルドは魔王のことはただの噂と思い込んでいた。


 しかし、その名が今、部下の口から、圧倒的恐怖とともに語られている。


「いい意味が分からないんすよ、あのガキ! 真っ正面から歩いてきて、アニキの攻撃魔法も全部効かなくて、ブン殴られた奴はみんなイッパツでヤられちまって……!」


「待て待て、ブルーノの奴やられちまったのか?」


 マーレルの兄貴分であるブルーノは、ロズウェルドファミリーの戦闘隊長だ。


 爆炎系統の強力な魔法を使い、火属性に耐性を持つサラマンダーの連中にすら手傷を負わせるほどの男……それが「全然効かない」?


「いや待てガキって何だ!? ていうか……まさか敵の総大将が前線張ってんのか!?」


 あまりの情報量の多さに、ロズウェルドも思わず混乱した。


 彼も仲間とともに陣頭指揮を執る血気盛んなタイプの大将だが、それでも味方の先陣を切って敵陣に突っ込むような無謀はしない。


「はっ早く逃げましょう! もうアイツはすぐそこまで来てます……! 急がないとここにもカチ込まれ……ッ!?」

「ギャアアアアアアアアア!」


 マーレルの懇願を切り裂くように、絶叫が事務所の中に飛び込んできた。


 それは壁に叩きつけられると、ズルズルと床に崩れ落ちた。


 その正体はロズウェルドファミリーの構成員だ。床でピクピクと痙攣する男の頬は倍以上に膨らんでおり、強烈なパンチで廊下からここまでブッ飛ばされたようだった。




 その大男は頭を屈めてのそりと事務所のドアを潜って入ってきた。


 手も足も頭もとにかくデカい強靱な肉体。

 ゆったりとしていながらどこか重厚さを感じさせる所作。

 加えて空気が匂い立つような雄。


 その全てにロズウェルドはまず圧倒された。


「コイツがロズウェルドか?」

「はい、二代目」


 大男が尋ねると、彼の脇に控えていた蜥蜴男が頷いた。

 さらにその後ろからは続々と四天会の男どもが事務所に入ってくる。


「……ッ」


 ロズウェルドは部下も含め、それを咎める声すら上げられない。


「ヒッヒィッィィィ!」


 マーレルなどは恥も外聞もなく頭を抱えて地面に丸まっていた。


「……」


 二代目と呼ばれた男――オーマの視線がロズウェルドを射貫く。


(何だコイツ……! ガキのクセに、まるで竜王様に面通しした時に感じたのと同じ威圧感だ……っ)


 ロズウェルドはそのプレッシャーに思わず吐きそうだった。

 しかし部下の手前、何とか喉元で吐き気を堪えて前に出る。


「な……何なんだテメェら? いきなり人様ん家に押しかけてきやがって……」


 多少上擦ってはいたが、それでも喋れるだけ彼はマシな方であった。

 彼の部下たちはもう立っているのがやっとで、武器すら構えられていない者も多い。


 今この場で相手が彼らを皆殺しにするつもりなら、とっくに勝負はついていると言ってもいいような有り様だった。


 だがしかし、オーマはいきなり事務所の来客用ソファに腰を下ろした。


「ん……」


 そうして彼はアゴで向かいのソファを差す……「座れ」ということだ。


 ロズウェルドは一瞬座ったオーマの頭を灰皿でかち割ろうかと思ったが、そのすぐ後ろに控える蜥蜴男たちが目を光らせており、無理だと悟っておとなしくソファに座った。


 だが座らされたということは交渉事があるということ。


 よく見れば先程まで前線を張ってたわりに、オーマは小綺麗な格好をしていた。

 胸元には〈四天会〉〈魔王〉の代紋が入ったバッジもつけた正装だ。

 どうやら交渉のために身なりを整えてきたらしい。


「……で、何の用なんだい、アンタら?」


 口先であればまだ挽回のチャンスがあるかもしれないと思い、ロズウェルドは先に口を開いた。


「アンタら、ウチの庭で随分と好き勝手商売してんだってな」

「……ああ、それが?」

「コイツなんだが」


 オーマがテーブルの上にドラゴンエナジーの缶を置く。


「西はどうだか知らないが、コッチじゃこういうブツを捌くのは許可してない。今後は二度と売るのを辞めてもらおうか」

「なっ!?」


 それはロズウェルドファミリーの主力商品のひとつだった。

 実に全体の売り上げの20%を占める……これを止められたら、竜王会幹部の夢が遠のくどころの話ではない。



「そんな条件呑めるかッ!?」


 ロズウェルドは当然拒否した。

 振り上げた拳をテーブルに叩きつけ、オーマと四天会に宣戦布告する。


 怯える部下も彼に勇気づけられ、武器を手に取って真っ向から戦いの火蓋を切った。


 よくよく考えれば敵の総大将がわざわざ目の前に来てくれた――これは大チャンスだ。ここでこのガキの首を獲れば、来年の定例会を待たずに昇進もあり得る。


「ウオオオオオオ!」


 ロズウェルドは咆哮し、スーツの懐から抜き出した匕首でオーマに飛びかかった――



 ――ここまでが彼の脳内を一秒で駆け巡った妄想だった。


「……っ……っはぁ……はぁ……」


 実際のロズウェルドは冷や汗をダラダラと流し、苦悶の表情を浮かべていた。

 舌は下顎に貼りつき、まるでまともに動かせない。ノドが渇き、ヒューヒューと変な音が開いた口から漏れている。


「言っておくが、今回は警告だ。アンタらのトコの構成員は誰ひとり()っちゃいないし、幹部連中も連れて来ちゃいない」

「……ッ!」


 確かにオーマは〈サラマンダー〉〈ウンディーネ〉〈ノーム〉〈シルフ〉の四幹部を誰も連れて来ていない。


 つまり手加減された……その事実に、ロズウェルドは大きく自尊心を傷つけられた。


 意気消沈する彼を見ながら、オーマは用は済んだとばかりにソファから立ち上がる。


「言っとくが次はない。もしあれば、今度は竜王会の本家も巻き込んだ戦争になる覚悟をするんだな」

「!?」


 最後のひと言にロズウェルドは大きく狼狽し、そんな彼を置いてオーマは事務所を去っていった。




 カチ込みを終えた帰りの車内。


「二代目、お疲れ様です。どうぞタオルを」

「ん」


 蜥蜴男から手渡されたタオルを受け取り、オーマは軽く首元を拭う。


「それにしても……流石は二代目です! まさに魔王伝説の再来でした!」

「ん」


 当の本人であるオーマより、蜥蜴男の方が興奮しているようだった。

 彼はある種の魔王信奉者の類であり、そうしたところをサラリサに買われて彼女の下で働いていた男だ。


 そんな彼なので、ロズウェルドファミリーの構成員を単身で薙ぎ倒すオーマの姿は、何よりも神々しい姿として映り、感涙に咽び泣きそうになるほどの感動を覚えていた。


「今日のことが伝われば四幹部のお歴々も二代目に感服いたしやすよ!」

「……今日のことなら言いふらすつもりはねぇ」

「えぇ!? 何でですか!?」


 オーマはまだ四天会の頭首となって日の浅い。

 此度の一件は彼が求心力を得る絶好の機会のはずだ。

 だが彼はそんなこと気にも留めていない様子で。


「今日のはただの私用だ。四天会のためにやったことじゃない」


 だから結果的に四天会の益になったとしても、そんな理由で尊敬を集めるつもりはない――という意味だと、蜥蜴男は解釈した。


「なるほど……! 流石は二代目! なんとストイックな……!」

「……ん。俺は少し寝る」

「はい! 運転はお任せを!」

「安全運転でな」


 これでドラエナの件は丸く収まったか、という安堵感を覚えながら、オーマは軽く目を閉じるのだった。



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