8-2 魔王、カチ込みに向かう
その後、オーマは買い出しの荷物を生徒会室に届けると、そのまま用事を思い出したと言って家に帰った。
「サラリサ。こいつを見てくれ」
「はい?」
帰宅してすぐオーマが例の空き缶を見せると、サラリサは何事かと首を傾げる。
「とりあえず拝見しますが……」
言われるがまま彼女は空き缶を受け取り、ラベルがないことを奇妙に思いつつ、ふと彼と同じように中身の臭いを嗅いだ。
「これは……」
すると、彼女のまた彼が見せたものと同じ反応を示す。
「鼻の奥にピリピリとくる刺激。微かに体内の魔力と反応していますね」
「やっぱりか……」
オーマは自身でも感じた感覚が当たっていたことを、大魔女の言葉で確信した。
「一時的な魔力の増幅剤でしょう――おそらく違法の」
「……」
「どこでこれを?」
「俺のガッコーだ」
オーマはワールの名前は出さず答える。
「ふむ……名門校でこのような物が出回っているのですか」
「まだ分からん。見つけたのはこれ一個だけだ」
明言を避けたが、オーマは――おそらくサラリサも――どうせ「ある」と確信していた。
ラベルこそないが缶ジュースに偽装している辺り、この魔力増幅剤は独自規格で量産されている可能性が高い。
「サラリサ」
「何でしょうか?」
「これの出所は四天会か?」
それを問う時のオーマの声は静かですらあった。
四天会は裏社会の元締め。
無論、その数多ある商売の中には非合法な物も含まれている。
彼はそれを理解の上で四天会の相談役に尋ねていた。
もしサラリサが肯定したならば、そのあとで彼がどうするか予想がつかない。
しかし……決してウソは許さないという迫力が、今の彼からは発せられていた。
「いいえ。少なくとも私が把握する限りでは」
幸運と言うべきか、サラリサはそれを否定することができた。
ただし彼女の知らないところで、四天会傘下のいずれかの組織が密売している可能性はある。
それは万が一の話だが、少なくとも彼女が「知らない」のは間違いなかった。
オーマも彼女に「本当か?」などと重ねて訊くような真似はしない。
その代わり――彼はいつも眠そうな目をスッと切れるように細める。
「なら……ウチの縄張りでこんなもん売り捌いてんのはどこのどいつだ?」
「調べておきます。念のため信頼できる私の手の者のみに探らせますので、いくらかお時間をいただきますが」
「頼んだ。ガッコーのことは俺も調べてみる」
大規模な調査はサラリサに任せ、オーマは独自に校内の調査を始めた。
かといってアテがあるわけではない。
ワールを問い詰めるのが手っ取り早そうだが、昨日の時点でかなり脅してしまった。あまり追い詰めすぎるわけにもいかない。
というわけで、オーマはとりあえず不良のランバたちに件のドリンクについて尋ねた。
すると。
「ああ、それドラゴンエナジーっすネ」
「ドラゴンエナジー?」
それがあの違法ドリンクの名称だろうか。
さらに詳しく尋ねてみるが、ランバは困ったように頭を掻く。
「俺もあんまり詳しくは。ケッコー前から金持ち連中の間で流行ってる奴みたいで」
ランバはエリート連中と相性が悪く、接点もない。
そのため件のドラゴンエナジーについても噂程度で、実物までは見たことがないそうだ。
「何それー、先輩使えないなー」
「ンだとぉ!」
ため息をつくルシールとランバが喧嘩になるが、オーマが仲裁に入って止めた。
「なんか他に知ってることってないですか?」
「うーん、飲むと魔力が上がるらしーってのは聞きましたね。あとたまに体質が合わない奴とかいるらしーっすけど」
「……」
「あ~あとあれっすね。やっぱ中毒? みたいなのがあるっぽいですよ」
「……!」
ランバがつけ加えたひと言に、オーマは苦虫を噛み潰したような顔になる。
授業の時の事故を考えると、おそらくワールは体質が合わない者だったのだろう。
それなのに彼が昨日もあれを飲んでいたのは、その中毒性の所為なのかもしれない。
「ありがとうございました、ランバさん」
「もしかして、何か事件ッスか? だったら俺たちも手伝いますよ!」
「いえ、俺が勝手にやってることなんで、迷惑をかけるわけには……」
「水臭いですよボス! 俺たちはいつもお世話になってんですから、こういう時こそ恩返しさせてください!」
「そうっスよ!」
「何でもしますよ俺ら!」
それからしばし押し問答があったが、結局ランバたちの熱意に根負けする形でオーマは彼らに調査を手伝ってもらうことにした。
「正直、裏に何があるか分からないんで、慎重にお願いします」
「了解ッス!」
ランバたちの協力も得て、オーマたちは早速学校中で聞き込みを始めた。
まず、確かにランバたちの情報通り、例のドラゴンエナジー――ドラエナは主にエリート層でのみ流通しているようだった。
理由としてはふたつ。
第一に、単純に高価い。
少なくとも一般的な高校生が定期的に購入するのは難しい額だった。
第二の理由は、販売ルートがかなり限定的であるため。
初回購入には上客からの紹介が複数必要で審査まであるようだ。
また購入時もいくつかの手順を踏んで金銭をやり取りし、販売の胴元と直接売買はできないらしい。
これが限られた層でしか流通していない理由である。
だが限定的な販売方法でありながら、ドラエナは徐々に広がりを見せていた。
その原因は、やはり来月の魔法模擬戦だろう。
これの代表選手に選ばれたい生徒がドラエナに手を出してしまうようだった。
人の気持ちにつけ込んだあくどい商売だが、いくら調べても諸悪の根源である胴元に関する手がかりが皆無である。
先に述べた販売方法も、全て胴元の正体を隠すために工夫だろう。
ドラエナの購入者を数人当たってみたが、誰も胴元に会ったことはないと言う。
「……ちとマズそうだな」
「ボス。スンマセン、俺らの力が足りないばかりに」
「いえ、ランバさんたちの所為じゃありません」
思っていたより厄介な相手だ……そう歯噛みする日々が続いた。
しかし、オーマの捜索が行き詰まって二週間が経った頃、ひとつの朗報が彼の許へ舞い込んだ。
「オーマ様。例のドラゴンエナジーの出所が分かりました。竜王会です」
「竜……西の連中か?」
「はい。竜王会傘下のロズウェルドファミリー。新興勢力のようですが近年竜王会内部で頭角を現し、その腕を買われて大陸東部進出の先魁を命じられたようです」
オーマはサラリサからロズウェルドファミリーの資料を受け取る。
頭首ロズウェルドの写真には、薄気味悪い笑みを浮かべる男が映っていた。
デーモンの血を引いているらしく、悪魔的な角といった特徴が見られる。
「こいつらがクラ高にドラエナを撒いたのか?」
「ロズウェルドの構成員が直接生徒に卸すのは難しいかと。おそらく両者を仲介する窓口となる者が校内にいるはずですが」
「……」
その意見にはオーマも賛成だった。
クラ高は名門なだけあってセキュリティもかなりしっかりしている。部外者がズカズカと入り込めるような環境ではない。
その窓口が誰なのか……教師なのか生徒なのか出入りの業者なのか、生憎とその目星すらついていない状況だ。
だが。
「少なくとも出所はコイツらで間違いないんだな?」
「はい」
「そうか……なら、元栓を締めに行くぞ」




