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7-3 青春の魔王、人生初デートに赴く




 再び店内。


 例の蝶と華の徽章を見せてもらったツクモは、それをすっかり気に入ってしまった。


「よろしければ戦服に合わせてつけてみますか?」

「いいんですか?」


「ちょうど春頃に新しくモデルチェンジした女性用戦服がございまして、そちらのご試着のついでにつけてみるのもよろしいかと」


「そうですね。じゃあ、せっかくなので」


 と、いうわけで。


 現在、ツクモは新作の戦服の試着のため試着室で着替えていた。


「……」


 すでに用事を終えているオーマは手持ち無沙汰もあり、彼女の入っている試着室から少し離れた場所で立っていた。


 特に何をするでもないが、着替え中の彼女の荷物をそれとなしに見張っている。

 たまにカーテンの向こうから小さな衣擦れの音が聞こえてくるが、オーマは極力それを耳に入れないようにした。


 さて、そんな風にして彼が彼女の着替えを待っていると。


「オーマ君~」


 ふとツクモが彼の名前を呼び、カーテンからちょっと手を出して手招きしていた。


「どうかしましたか?」


 オーマは試着室に近づき、小声で尋ねる。


「あのね、ちょっと私のバック取ってもらっていい?」

「分かりました」


 オーマは元の場所に戻り、ツクモのカバンを取ってくる。


「どうぞ」

「ありがと~あっ! きゃっ!」


 ツクモにカバンを手渡そうとした瞬間、急に彼女の悲鳴が聞こえ、同時にバチバチバチとカーテンレールのはずれる音がする。


「!」


 とンッ、と柔らかい衝撃とともに、オーマの腕の中にツクモの体が飛び込んできた。


 きっとわざとではない。

 おそらく試着室の中で脱いだ服に足を滑らせたか何か、ともあれ事故だ。そう、事故。


 即ち、オーマがツクモの艶やかな下着姿を見てしまったのも不可抗力なのだ。

 カーテンのお陰で全部は見えなかった、いや、それでよかったのだ。


 もし本当に全て何もかもが見えてしまっていたら、オーマはケジメのために己の両目を潰すしかなかっただろう。


「ご、ごめんね!」


 この時ばかりはツクモも慌てた口調で、顔を真っ赤にしながらカーテンで自分の体を隠した。


「キサラギ様! 大丈夫ですか!?」


 大きな音に気づいたスタッフもこちらへやってくるが、ツクモがきわどい格好であるのに気づくと彼はそこで立ち止まった。


「ごめんなさい。カーテンを壊してしまって……」

「それくらい構いません……っと、君! キサラギ様をお手伝いして差し上げて!」

「はい!」


 女性スタッフが呼ばれ、ツクモは彼女とともに体を隠しながら隣の試着室へ移動していく。


 彼女が移動した後で、残った方の彼は壊れたカーテンなどを片づけ始める。


 その場で固まっていたオーマはそれを手伝おうとした。


「ああ、お客様。大丈夫でございます。この場は私がやりますので、キサラギ様についていってください」

「いえ、やりますんで……」


 今は冷静に彼女の傍にいられないと思ったオーマは、半ば無理を言って片付けを手伝った。


「……」

「……」


 カーテンレールなどの細かい部品をちまちま拾いながら、少し無言の時間が流れる。


「……その、お客様はキサラギ様のご学友で?」


 ふと沈黙に耐えかねたのか、スタッフがオーマに質問をした。


「ええ、まあ。生徒会の後輩で」

「そうですか……そうですか……」

「……?」


「いえ……その、なにしろキサラギ様は高貴な血筋の御方ですから、うっかり見てしまっていたら問題があるかもしれないと」

「……」


 言外に「見ました?」と訊かれていたが、オーマは黙秘を貫くことにした。




 迷惑をかけたお詫びにと、ツクモは試着した戦服と徽章を両方とも買い、カーテンの弁償代も払っていった。


『ベルフォメット』を出たあと、ふたりは近くの喫茶店に入るが。


「あ~やっちゃったわ~」

「……」


 先程から彼女はずっとこの調子である。


「私、時々こういう失敗しちゃうのよね。もっとしっかりしなくちゃいけないのに……」


 彼女はとても落ち込んでいる様子だった。


「……大変すか、やっぱ、いろいろ」


 オーマは不器用に話を聞く。


「ん~……まあ~……そうね~」


 ツクモはだいぶ迷いながらも、結局小さく頷いた。

 彼女はほんの少し疲れた微笑を浮かべて。


「私ね、こういう風に休日にお友達と出かけたことがなかったの。『完璧な生徒会長』って思われすぎて、なんだか遠慮されちゃって」

「……」


「でもみんな、こんな私なんかに期待してくれてるから……大変でも、しっかりやらなきゃね」

「……俺もです」

「え?」


「自分も、一家の前じゃ〝見栄〟張らなきゃならないんで」


 魔王の二代目として生まれた者の宿命。

 幼い時からオーマもそれを背負って、それに相応しい扱いと教育を受けてきた。


「だから、そういうのが必要なもんだってのは分かります」

「そうね~。たまにそんなに重ければ捨てていいって言う人もいるけど、そういうわけにはいかないのよね」


 高貴なる義務(ノブレスオブリージユ)という言葉があるが、まさにそれだ。

 負うべき責任。

 誰かが担うべき立場。

 それを投げ出してしまえば、多くの人が困るモノ。

 どんなに重くとも、容易く捨てられるものじゃない。


「――でも、重たいもんは重いっすよね」

「……!」


 オーマの言葉に、ツクモは少し目を丸くする。


「息抜きってのは必要だと思います」

「……」

「体育館裏でベントー食うなら、今度は俺がつき合いますから」

「……」


 ツクモははっきりと頷かなかったが、微笑を浮かべる。


「ローゼン家って教育に厳しいのね。それって帝王学ってこと? 親はオーマ君にローゼン商社を継がせるつもりなの?」

「……まあ、そうすね」


 商社の息子というのは偽の身分だが、ここは話を合わせておいた。


「ふ~ん、そっか~。お互い大変だね」


 そう話すツクモはどこか先程より肩の力が抜けていた。


 いつも微笑みを絶やさずゆったりとしたツクモ……だが今の彼女は生徒会長をやっている時よりも、ずっとリラックスしているように見えた。


「オーマ君は、何かほかに息抜きの方法ってあるの?」

「……」


 この質問にオーマはつい目を逸らした。

 その態度にツクモは「ん~?」と小首を傾げる。


「もしかして人に言えないこと? ダメよ~悪いことしちゃ~」

「いえ……そういうんじゃないですが」

「じゃあ私には教えられないこと?」

「……」


 オーマは身を乗り出し、机越しにツクモに顔を近づける。


「え?」


 その動作にツクモはちょっとビックリしたが、彼は構わず彼女の耳元に口を近づけ、


「……実は、漫画が好きでして」


 と、小声で言って、それから元の位置に座り直した。


「……」


 彼の答えに驚いたのか、それとも顔を近づけられたのに驚いたのか、ツクモはしばし囁かれた耳元を手で覆って黙っていた。

 が、やがて気を取り直し、彼女は再び微笑む。


「そっか~。漫画って読んだことないんだよね。今度読んでみようかな」

「……ウス」

「ねぇ? オーマ君のオススメあったら~貸してもらえる?」

「………………今度学校に持ってきます」


 それからしばらくふたりは喫茶店で過ごした。

 出掛けからいろいろあったデートだったが、最後は少し彼女に恩返しができたような気がした一日だった。




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