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7-2 青春の魔王、人生初デートに赴く




 話は数日前に遡る。


「オーマが模擬戦の一年代表にぃ!?」

「……ッス」


 驚いて大声を上げるブランギに、オーマは小さく返事をした。


 彼自身は全然嬉しくないことでも、周りからすれば大ニュースである。


「代表選手なんてスゴいね」

「教師を買収したらしいけど」

「でも人助けしたんでしょ?」

「計器に細工したって噂されてたよ」

「体が大きい人って魔法が苦手だと思ってた」


 反応は様々だったが、全員がオーマが代表選手になったのを驚いていた。

 代表選手に選ばれるというのは、それだけの快挙ということだ。

 特に彼の面倒をよく見ていたブランギのショックは大きかった。


「バカな……簡単な計算すら間違うオーマが代表選手だと……」

「オーマなら当然でしょー」


 ブランギとは対照的に得意気なのはルシールだ。


「先輩もさー、小言とか言う前にもっと自分を鍛えた方がいいよー?」

「クッ! 何でお前がマウント取ってくるんだよ!?」


 納得のいかない顔でブランギは憤慨する。


「……」


 周囲の反応に、オーマは困ったように頬を掻く。


 と、そこへ。


「オーマ君おめでと~。ホントーに代表に選ばれるなんてスゴいよ」


 ツクモは笑顔でオーマを祝福する。


「……はい」


 これには困り顔だった彼も頷いて答えるしかなかった。


 実際、彼女に喜んでもらえたなら、それが代表選手に選ばれたことで彼が得た唯一の褒賞である。


 だが、真の褒美はこの後に訪れた。


「ところでオーマ君って、魔法戦の戦服って持ってる?」

「戦服?」

「剣道や柔道でいう道着みたいなものかしら」

「いえ、持ってないです」


「家にもなさそう?」

「はい」

「そっか~」


 首を横に振るオーマを見ながら、ツクモは少し考える素振りをしてから言った。


「じゃあ~今度のお休みに私と一緒に買いに行こっか?」




 そして週末。


 とある交差点近くの公園広場。


 公園脇の道路に黒塗りの車が停車した。

 その後部ドアが開いて中から人が降り。


「ヒィッ!」

「キャア!」


 途端に道行く人々の間に動揺と悲鳴が広がる。


 車から降りてきたのが白スーツに革靴をビシッとキメた、明らかに一般人と異なる雰囲気を放つ巨漢だったからだ。


「オーマ様。行ってらっしゃいませ」

「ん」


 後部座席の奥からサラリサに見送られ、その巨漢――オーマは待ち合わせ場所である公園の時計台へ向かう。


 ツクモはまだ来ていないようだ。

 オーマは目印の時計台の下に立つ。

 そうするとあっという間に周囲から人が離れた。


「……」


 時計台の下にぽっかりと空いた空白地帯……その中心でオーマはツクモのことを待つ。


 それはある意味シュールな光景であったが、彼にそれに気づく余裕はなかった。


 というのもやはり自分のファッションのことであった。

 自分では決められず結果サラリサを頼ったわけだが……まあなかなかに攻めたコーデであることは否めない。


 しかし、何度確認しても彼女は「これ一択です」と太鼓判を押した。


 念のため別の家人にも尋ねたが、皆一様にサラリサを見てから「……サラリサ様の仰る通りだと思います」と言って視線を逸らした。


 そこまで言われてはオーマとしても「そうなのか……」と納得しないわけにはいかなかった。


 ……一瞬、「もしやサラリサのセンスは千年前で止まっているのでは?」という疑念も湧いたが、自分から頼りにしておいてそんなことを訊くのは流石に躊躇われた。


 まあ、いちおうオーマに似合っていないわけではなかった。

 むしろ似合いすぎているくらいだ。


 問題は、これをツクモが見た時にどう反応するかだが……それは神のみぞ知るところである。




「オーマ君。お待たせ~」


 やがて待ち合わせ時間ピッタリにツクモはやってきた。


 彼女はいつもと変わらなかった。

 ニコニコとした微笑み。

 のんびりした口調。

 全てが普段通り。

 そんな彼女の服装は高校の制服だった。


「オーマ君の私服カッコいいね。私は生徒会長だから校則守らなくちゃダメなの」


『休日も外出は可能な限り制服』――そんな苔の生えたような古臭い校則が、クラ高の生徒手帳にはしっかり記載されていた。


「……そんな校則もありましたね」

「まあ別に気にしなくてもいいと思うよ。じゃあ、行こっか」


 そうして制服のツクモと白スーツのオーマは並んで歩き始めた。


 そのあまりに奇妙なカップリングに、周囲は先程とはまた違った意味でどよめく。が、もうオーマは極力気にしないことにした。


「ここだよ~」


 魔法道具専門店『ベルフォメット』。

 建物自体はさほど大きくないが、落ち着いた外観の洒落た店構えだった。


「入ろっか」

「はい」


 オーマがドアを開けると、小さなベルがチリンッと鳴る。


「これはこれはキサラギ様。お待ちしておりました」


 ツクモが事前に連絡を入れておいたらしく、彼女の姿を見るとスタッフがすぐこちらにやってきて、上品な態度でふたりを出迎えた。


 スタッフの質や内装の雰囲気からして、ここはどうやらかなりの高級店のようだ。


「今日はこちらの方に戦服を仕立てていただきたいのですけど~」

「かしこまりました。ではお客様、どうぞこちらへ」

「ん」


 オーマは頷き、スタッフに続いて店の奥へ。

 そこで上着を脱がされ、メジャーで手足の長さや胸囲などを測られた。


「お客様はだいぶ手足が長いようですね。胸囲もかなりあります。通常よりお値段がかかってしまうかもしれませんが構いませんでしょうか?」

「あ、足りなかったら私が出すよ。連れてきたのは私だし」

「いえ、大丈夫です」


 今日はサラリサからいつも以上に大量の軍資金を渡されている。

 ツクモとのデートとあらば、いくらでも四天会の経費として計上すると言っていた。


「お客様は戦服をお作りになるのは初めてでしょうか?」

「はい」

「なるほど。戦服は大戦期の軍服が元となっておりまして、意匠も数多くございます。お客様のご要望に合わせ当店では――」


 そこからスタッフの長いセールストークが始まった。

 おそらくオーマひとりでは決めきれなかっただろうが。


「オーマ君にはこっちのが似合うと思うな~」

「でしたら生地はこちらを使用されますとよろしいかと」


 と、ツクモが横からアドバイスをしてくれたので助かった。


「じゃあ、これで」

「かしこまりました」


 オーマの戦服のデザインが決まり、ひとまず今回の用事が済む。


 と、そこでスタッフがツクモの方を振り返る。


「そういえばキサラギ様。以前気になると仰っていた蝶と華の徽章が入荷いたしまして」

「え、本当ですか」

「大戦時の女性将校がつけていた物で保存状態もよく、本日お見せできればと取り寄せた次第です」

「わあ~見たいです!」


 珍しくはしゃぐツクモは年相応の少女に見えた。


「ではどうぞこちらへ」


 そう言って、スタッフはツクモをショーケースのあるカウンターへ案内した。




 一方その頃。店外では。


『ベルフォメット』店の傍の喫茶店でとある女性がコーヒーを飲んでいた。

 変装したサラリサである。


 サングラス(オーマとお揃い)をかけた彼女は、使役している精霊を介して『ベルフォメット』店内を覗いていた。


 目的はもちろんオーマたちの監視である。

 このために一度は車で見送ったと見せかけてから舞い戻ってきたのだ。

 なんとも手間のかかることだが、大魔女である彼女であれば容易いことだ。


 ちなみに運転手をしていた部下には一度止められた。


「いや……姉御、そりゃ野暮ってもんなんじゃ……」


 何をバカな。

 自分はただただオーマ様を心配しているだけなのに。

 できることならデートに同伴して手取り足取り教えて差し上げたいくらいだ。


 とりあえず、そんなことを言う部下には先日完治した痔が再発する呪いをかけておいた。


(今のところデートは順調のようですね)


 それにしても流石です、とサラリサはオーマを讃える。


 まさかクラ高に入って三ヶ月と経たずに、王家の親戚筋にあたる少女とデートにまでこぎつけるとは。

 このままツクモをオーマの魅力で骨抜きにしてしまえば、四天会にどれだけの利益が舞い込むことだろうか。


 二代目魔王たる彼の迅速さには感嘆するばかりである。


 この調子であれば卒業する頃には政財界どころか、大陸の隅々にまで四天会の――引いては魔王様の威光を届かせることができるだろう。


 そんなことを妄想しつつ、サラリサがまた『ベルフォメット』店内に目を向けようとして。


「おや?」


 ふと見覚えのある赤髪を目の端に捉えた。


「……ルシールさん」

「!?」


 サラリサがそちらへ近づいて声をかけると、帽子を目深に被った少女――ルシールはビクッと肩を震わせて振り返った。


(やはりオルドさんの娘でしたか)


 会ったのは今年の新年の挨拶の時以来である。


 一方、ルシールの方は急に声をかけられた所為でビクビクしていた。


「えっ!? だ、誰!?」

「私ですよ」


 サラリサは変装を解いて正体を見せる。


「サ、サラリサさん!? 何で!?」

「それはこちらのセリフです」


 声をかけられるまでの間、ルシールは『ベルフォメット』の店内を覗こうと身を乗り出していた……オーマとツクモのいるお見せの中を。


(これは話を聞く必要がありそうですね)




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