7-1 青春の魔王、人生初デートに赴く
その日、サラリサは不意に目を覚ました。
「……」
壁時計の針が示す時刻は朝四時。
普段の彼女の起床時間より一時間は早い。
(ここ百年体内時計が狂ったことはないのですが)
ともあれ体を起こす。
違和。
「……」
千年魔女と称される彼女の肌がピリピリと粟立つ。
彼女が暮らす四天会本家の屋敷全体を巨大なプレッシャーが覆っている。
殺気……とは違う。
言うなればドラゴンを前にしたネズミの心境とでも言うべきか。
相手には殺意も敵意も悪意もない。
だがそれでも感じる死の気配、圧倒的パワー。
生物としてのランクの差が齎す恐怖……それが屋敷中に漂っていた。
「杖よ」
サラリサは異空間から自分の杖を取り出す。
もうずっと杖なしで魔法を使うようになっていたが、杖ありの方が僅かに魔法の精度が上げられる。
その僅かな差すら今は必要だと感じたのだ。
こんなことは数十年前の大規模抗争以来である。
(さて悪魔が出るか邪神が出るか)
鬼や蛇程度であればかわいいものだが……。
しかし、少なくともやり過ごすという選択肢はない。
彼女にはその身命を賭して守るべき者――二代目魔王がいるのだから。
「……」
サラリサは意を決して廊下に出る。
早朝の屋敷内は静まり返っていた。
だが大魔女の感覚にはピンと張り詰めているようにも感じる。
彼女は慎重に、しかし速やかにオーマの寝室へと足音を殺しながら向かった。
「……ッ」
オーマの部屋に近づくにつれ、謎のプレッシャーは重く苦しくなっていく。
嫌な予感がしてサラリサは歩みを早めた。
息苦しさはドンドン強くなっていく。
やがて彼女は目的の部屋の前に辿り着いた。
こういう時の直感とは当たるもので、ドアの向こうから異様な気配がした。
広大な敷地を覆い尽くす重圧の根源がこの部屋にいる。
ドアノブにかける手がじわりと汗を掻く。
しかし、大戦を潜り抜けた魔女の肝はここで足踏みするほど小さくなかった。
「オーマ様!」
意を決してドアを開けたサラリサの目に飛び込んだのは、見るも無惨な室内の光景だった。
床に脱ぎ捨てられた服やズボン、靴下。
破れたビニール。千切れた包装紙。
さらにその他細々とした小物の数々が散乱し、室内は足の踏み場もない状態だった。
これはこれで惨状といえる有り様だが、彼女が当初の想定とはだいぶ違う。
「……これは?」
サラリサは構えていた杖を下ろし、室内を見渡す。
と、部屋の鏡の前で頭首であるオーマが仁王立ちしていた。
「……!」
こちらに向けられた背には恐ろしいほどまでに力が漲っている。
やはり謎の重圧の原因はこの部屋にあった――オーマ自身がそうだったのだ。
今の彼から感じる重厚な佇まいは、初代魔王が勇者との決戦に赴く直前に見せた雰囲気にそっくりだった。
「サラリサ」
「は、はい!」
「頼みがある」
「はっ! 何なりとお申し付けください!」
サラリサは杖を床に置き、膝をついて頭を垂れ、オーマの命令を待った。
その鬼気迫る背中の様子から、たとえ首都一帯の人類を根絶やしにすると言われても驚くつもりはなかった。
やがて、彼は背を向けたまま、ポツリと呟く。
「……女と出かける服が分からねぇんだ」
「…………はい?」
その予想外のお願いに、千年を生きる魔女は今まで浮かべたこともない表情を浮かべた。




