6-3 選ばれたくない魔王、代表に選ばれる
それから三日後。
その日は一年A組とB組の合同授業だった。
授業内容は魔法の実践――座学で習った魔法を外で体を動かしながら使ってみよう、というものだ。
その授業の開始前に、魔法の教師から『観覧祭』の話が出た。
「すでに知っている者もいるだろうが、君たち一年生からも模擬戦の代表選手として一名参加してもらう。毎年張り切りすぎる者もいるが、ケガだけはしないように」
ひとりの教師が生徒に注意を促している間、他の教師たちが魔法の的に使うダミーを用意していた。
ダミーとは魔力を吸収する素材でできた柱だ。
低威力の魔法であれば魔力ごと吸収してくれるため、生徒が使用する的に最適だった。
「よーし、じゃあいつもの班に分かれてー。準備が整ったところから始めていいぞー」
その合図で生徒たちは十人ずつくらいのグループに分かれる。
魔法の授業はいつもこの班を基本単位だ。
オーマも自分の班と一緒にダミーの前に移動した。
「はい。それじゃあ、やりたい人から前に出て、順番にどうぞ」
副監督役の教師に促され、誰が最初に行くか班内で話し合われる。
「……」
ちなみにオーマは若干班の後ろに突っ立っていた。
この授業では珍しくルシールと別班であるため、彼に積極的に話しかけてくれる相手がいないのだ。
まあそれはともかく、オーマ自身は何番でもいいので、彼らが決めた順番に従うつもりだった。
「じゃあ、俺から行きます」
そうして最初の生徒が、ダミーから五メートル離れた地面に引かれたラインに立って構える。
「んんんん……!」
彼は両手を広げて精神を集中させた。
すると、段々と手の平から可視化された魔力が生み出され、それが段々と揺らめく炎に変わっていく。
火属性の初級魔法ファイヤーボール。
今のところ一年生が習った攻撃魔法はこれだけである。
とはいえ、身体強化以外の魔法を習わない高校も増える昨今、一年生でファイヤーボールが使えるのは、クラ高の教育水準の高さを窺わせるのに十分だった。
さて、順番待ちをしているオーマはといえば。
「……どうするか」
正直、彼は迷っていた。
何にというと、もちろん模擬戦のことだ。
実はと言うほどでもないが、オーマはめだつのが苦手だ。
気持ちとしては代表などなりたくないのだが、ツクモに応援されてしまった。その期待に応えないのもどうなのか……ということで、彼は迷っているのだ。
「ん……ング……」
「……?」
その時ふとオーマは隣にいる生徒の様子がおかしいことに気づいた。
彼は確かB組のワールという生徒で、普段はもっとお喋りなタイプのはずだった……しかし、今日はやけに静かで、しかも時々妙な呻き声を上げている。
かといって気分が悪そうという風でもない。
むしろ逆――おかしなくらい昂揚しているようで、目は血走り、唇はブルブルと震えていた。
「じゃあ次はー……ワール君かな?」
「はィ! 俺です!」
教師の呼びかけにワールは勢いよく手を挙げる。
「よし、じゃあラインに立って」
「はィ……!」
ワールは頷き、やけにフラフラしながら前へ出ていく。
その変な歩き方を見て、B組のクラスメイトも「あれ?」という顔をした。
「おい、どうしたん?」
「大丈夫だって、だい、大丈夫」
ワールはそう答えるが、声をかけた友人の不安はむしろ増した。
そんな状態でワールが魔法の準備に入った時、ふとこの場の監督教師が別の教師に名前を呼ばれた。
「ごめんねワール君。私が戻ってくるまでちょっと待ってて」
そう言うと教師は小走りにその場を離れていった。
おそらく彼はすぐに戻ってくるつもりだっただろうし、それで問題なかったはずだ。
――が、なぜかワールは教師が戻ってくる前に、勝手に魔法を発動させようとしていた。
「お、おいワール!?」
「だだ大丈夫、ダイジョーブ!」
止める友人を振り切ってワールが叫んだ瞬間、彼の両手が溢れる魔力で眩しいくらいに発光した。
次の瞬間、ボウッ!!という音とともに強力な炎が燃え上がる。
「うわっ!?」
その過剰な燃焼に、流石のワールも驚いた様子で悲鳴を上げた。
「オオオ!?」
彼は咄嗟に両手を空へ掲げる。
お陰で火柱は空に向かって伸びるばかりになった……が。
「ワール! 何やってんだ!? 早く魔力弁を閉じろよ!」
「やややってるぅ! でででもぉダメだぁ!」
友人の呼びかけに対し、ワールは半泣きで答える。
このままでは異変に気づいた教師が戻る前に、魔法が暴発して大爆発を起こす。
「うわあああああ!」
せめて友人は巻き込むまいとしたのか、ワールは人の少ない方へ走り出した。
だがそれも数メートル走ったところで、ついにファイヤーボールが爆発しそうになった――その直前、オーマが彼に追いついた。
「……ぬんっ!」
オーマは炎で焼かれるのも構わず、そのデカい両手で、炎を噴き出すワールの手を押さえ込む。
次に彼自身の膨大な魔力をぶつけ、ワールの魔力弁に無理やりフタをした。
それは技術もへったくれもない力業であったが、結果として魔法の暴発を防ぐことに成功する。
「あ……はアァ~~~」
命拾いしたワールが両手をオーマに握られたままヘナヘナと座り込む。
やがて教師らが駆けつけ、傷の治療のために保健室へと連れて行かれた。
あわや大惨事となるところだったが、オーマの機転によって事なきを得た。
それだけなら彼としても問題のない結果だった。
しかし、その勇気と実力が教師陣を大いに感嘆させてしまう。
「あれだけの炎に手を突っ込んで、たいした火傷もなかったらしいぞ」
「咄嗟に魔力で皮膚を保護したんだろう。身体強化の延長にしろ、恐ろしいまでの魔力量だ」
そんな話が魔法の教師たちの間で交わされたとか何とか。
で、その結果――今年の『観覧祭』における魔法模擬戦の一年代表はめでたくオーマに決まった。
その報を聞いて、まず真っ先にランバたちがお祝いに来た。
「流石俺たちのボス! おめでとうございます!」
「……全然めでたくねぇ」
この時ばかりは敬語を忘れ、オーマは目を閉じながら天井を仰いだ。




