1-2 少年、その名は
そうしてやがて彼の家に辿り着いた。
立派な門構えの屋敷。
目の端まで続く漆喰の壁。
平屋建築は都内では珍しいが、ともかく金持ちの家なのは間違いなかった。
その広々とした庭を見て、チンピラたちは期待に胸を膨らませる。
一体この家からいくら金を毟れるのかと口許をだらしなく歪ませた。
オーマが家のチャイムを鳴らす。
すぐに家人の物と思しき足音が聞こえ、玄関が開く。
そして、チンピラたちの顔が引き攣った。
「お帰りなさい」
オーマを出迎えに現れたのは、身長二メートルを超える蜥蜴男だった。
腕も脚も胴も太く、どこも筋肉質で、尖った鼻先から頬にかけての一本傷は、明らかにその肉体が実戦で鍛えられたものと物語っている。
静かな物腰のオーマとは雰囲気が違う。
その圧倒的な〝暴〟の気配にチンピラたちは竦み上がった。
「……?」
一方、蜥蜴男の方も思わぬ団体客に首を傾げていた。
彼はオーマへと視線を向けて。
「二代目、そちらはご友人ですか?」
と、尋ねた。
その丁寧な物言いは、その蜥蜴男よりもオーマの方が格上であることを示していた。
「俺の客だ。こちらさんに少し御迷惑をかけちまってな、詫びの印にもてなしてやってくれ」
「なるほど……そういうことでしたら、どうぞ皆さんこちらへ」
オーマの指示を受け、蜥蜴男は丁寧な仕草でチンピラたちを家の中へと招いた。
「あ、あ、いや、俺たちは別にその……な?」
「そうそう別に、そんな、迷惑なんて、なぁ?」
一方、チンピラたちは想定外の事態にすっかり逃げ腰になっていた。
だがそれを聞いた蜥蜴男は、爬虫類特有の鋭い眼光をさらに鋭くする。
「あんた方……まさか二代目の誘いを断るつもりで?」
「いえいえいえいえいえいえ!」
慌ててチンピラたちは首を横に振った。
もう逃げるわけにもいかず、彼らは蜥蜴男に促されるままに室内に入る。
「俺は着替えてくるから、先に客間に通しておいてくれ」
「はい」
靴を脱いですぐオーマはチンピラたちの前からいなくなる。
「ではどうぞこちらへ」
蜥蜴男は傷だらけの腕でチンピラたちを促す。
「~~~~」
長い廊下を歩く間、チンピラ四人は互いに肩を寄せ合っていた。
彼らは常に弱者に対しての強者であった。
弱い者を脅すことには慣れているが、格上に挑む度胸はない。
彼らはただ従順に蜥蜴男に従い、畳敷きの大広間に通された。
大広間の中央には大人数用の長机があって、蜥蜴男はそこに五人分の座布団を敷く。
「こちらでお待ちください」
言われるがままチンピラたちは座布団に座る。正座だった。
「!?!?!?!?!?」
そこでふと大広間の壁にかけられた額縁を見上げた彼らは、ついにこの日最大の驚愕に襲われることとなる。
その額縁に入れられた半紙には、見事な達筆でこう書かれていた。
『四天会』
それは人魔大戦直後、社会的弱者となった魔族のために作られた互助組織のひとつ。
種族差別から逃れるため、その互助組織は日なたを避けて闇に溶け込んだ。
表社会から逃れた魔族を取り込み、表で処理できない裏の稼業を請け負い、そうして四天会は裏社会で着実に力を蓄え膨れ上がっていった。
そして、今や四天会は大陸東部の裏社会を牛耳る大組織である。
構成員は数万人を数え、その幹部にはかつての魔王四天王の直系が名を連ねる――まさに悪の親玉と呼ぶべき存在。
「……………………え!?」
そこでチンピラのリーダーははたと気づく。
先程オーマは蜥蜴男から「二代目」と呼ばれていた。
こういった組織でそのように呼ばれる立場の者は限られている。
(てことはあのガキはまさか……四天会のボスの息子!?)
リーダーがその事実に気づくと同時に大広間の戸が開き、仕立てのいい部屋着に着替えたオーマが現れる。
「ススススススミマセンでしたああああ」
オーマの姿を認めるや否や、リーダーは四つん這いのまま畳の上を移動して土下座した。
「ままままさか四天会のボスの息子さんに無礼を働くつもりは……」
「バカ野郎!!」
必死に謝る男に対して怒声を吐いたのは、隣で話を聞いていた蜥蜴男だった。
このチンピラたちがオーマに無礼を働いたと聞いて、四天会の一員らしき彼が怒るのは当然の反応である。
しかし、次に蜥蜴男が口にしたのは、またしても男たちの予想を裏切る言葉だった。
「ウチの大将をガキ扱いするつもりかテメェ!」
「え?」
あまりの驚きに、思わずチンピラは顔を上げる。
「大将って……じゃあまさか!?」
「そうだ!」
蜥蜴男は憤慨した様子で答える。
「――この御方は初代魔王様の魂を受け継いだ全魔族の王、二代目魔王様だ!」