5-2 生徒会の魔王、刺客を送られる
放課後。ルシールはオーマに駅前の広場に連れてこられた。
ただしそれはふたりきりでという意味ではなく。
「募金活動にご協力お願いしまーす!」
「お願いしまーす!」
「……用事ってこれかよ」
ルシールが小さく呟いた声は、周囲の大声に掻き消されて他人の耳には届かなかった。
彼女が連れてこられたのは、オーマの所属する生徒会の仕事。
今回は人手不足のボランティア部の募金活動の手伝いであった。
ちなみにオーマが連れてきた手伝いは彼女だけではない。
「お願いっしゃーす!」
「「「「しゃあーす」」」」
オーマの舎弟を名乗るランバたちも募金箱を持って声を張り上げていた。
彼らは連れてこられたというより、ボスと崇めるオーマを手伝うために志願してきたという感じだ。
(マジだる……)
一方、完全に連れてこられただけの彼女に募金への熱意など微塵もない。
「……しまー……」
かけ声も最初は周りに合わせていたが、今はもうたいして出していない。
それにもう一時間は立ちっぱなしだ。足が痛い。
疲れた。
「はいこれ、募金ね」
「……ありござー」
募金をしてくれた人へのお礼も省略。
こんなにやる気皆無な態度のルシールを見て、募金をしようという人などあんまりいなかった。
たまに下心のありそうなオッサンが近づいてくるだけである。
だが、そんな彼女よりも上手くいっていない奴がいた――オーマだ。
「募金、お願いします」
「ヒッ!」
オーマが募金箱を持って通行人に声をかけると、全員が彼の顔を見て悲鳴を上げて逃げ出してしまった。
丁寧にお願いしているだけなのだが、緊張の所為で表情が強張っているようだった。
当社比でいえばオルドを気絶させた時や自己紹介の時よりマシなのだが、道端で声をかけられたら逃げ出す程度には悪人面であった。
(何で通行人にメンチ切ってんだろ?)
ルシールはオーマの奇行(?)に首を傾げながら、いい加減帰ろうかなーとか考え始めていた。
「サラマンダーさん」
「はい?」
ふと苗字を呼ばれて振り返ると、そこには生徒会長のツクモが立っていた。
「ずっと立ってて疲れたでしょう? もう沢山手伝ってもらったので~、そっちの噴水のところで休憩してもらってていいですよ~」
「あ、そう?」
お言葉に甘え、ルシールはその場を離れ、駅前広場の噴水の縁に腰を下ろした。
「あー、これも重ッ」
首にかけていた提げ紐をはずして募金箱も地面に置き、ようやくひと息つく。
「あいつら元気ねー……」
見れば、生徒会の面々やランバたちはまだ募金活動を続けている。
こうして休憩しているのはルシールだけのようだ。
「よくやるわ」
こんなことに力を使える彼らの心境がルシールには分からなかった。
もちろんその彼らの中にはオーマも含まれている。
(魔王が慈善活動て、変なの)
まあでも、好きにしたらいい。
彼女からすればオーマとたまに行動をともにし、彼を誘惑しようとしたという体裁さえ整えばいいのだ。それでオヤジへの義理も立つ。
「ン~」
休憩時間という大義名分を得たルシールは携帯端末で暇潰しを始める。
そのままボランティアに戻らないでいると、しばらくしてまたツクモがやってきた。
「あ、サラマンダーさん。ちょっといいかしら~?」
「はい?」
「もうすぐ終わりの時間だから、これからみんなで片づけするの。その間、募金箱の見張りお願いしていいかしら~?」
「あっいいですよ~」
片付けの手伝いよりずっと楽だと思い、ルシールは承諾する。
「お願いね~」
ツクモは噴水の前から去ると、三人ほどのボランティア部員が集めた募金箱を持ってきてルシールの足許に置いていった。
ひとつだけ置いた時の音が明らかに空の物もあったが、たぶんオーマの物だろう。
そのオーマは今、生徒会長と一緒にのぼり旗などの後片付けを手伝っている。
流石に力仕事は得意らしく、先程までとは打って変わって役に立っているようだ。
「……」
まあいいやと思い、ルシールは再び携帯端末に目を落とそうとした時。
「おっ、カワイイ子はっけーん」
「……は?」
急に声をかけられて彼女が不機嫌そうに顔を上げると、そこにはいかにも軽薄そうな男どもが立っていた。
「ねぇねぇカノジョ、俺たちと遊ばなーい?」
(うわっ)
ルシールはあまりこの手の輩が好きではない。
「遊ばなーい。ナンパお断りー」
「そんなこと言わずにさー」
「今ガッコーのお仕事手伝ってんの。だからここ離れられないんだって」
ボランティアは学校の仕事とは違うが、断り文句になればいいのでルシールはテキトーに嘘を混ぜた。
彼女はひとりではない。
しかも学校関係者が近くにいる。
特に女友達以外の同行者はナンパ師にとって天敵だ。
ここまで条件が揃えば、大抵の奴なら面倒臭がって離れていく。
……はずなのだが、彼らはなぜか引き下がろうとしなかった。
「まあまあ、いいからさ」
「いー加減しつこっ……」
若干苛立ってルシールが顔を上げる。
と、その顔の前に何かが近づけられた。
「黙って俺らについてきてよ」
そのことに最初に気づいたのはツクモだった。
「あら~? サラマンダーさんはどこかしら~?」
「……?」
近くで作業していたオーマも彼女の声で手を止める。
彼はルシールが座っていたはずの噴水の方へ視線を向けるが、そこに彼女の姿は見当たらなかった。
「ちょっと見に行きましょうか」
「はい」
ツクモの提案にオーマは頷く。
さらに傍にいたランバとボランティア部の二、三人を引き連れ、彼女らはルシールのいた噴水へ向かった。
「んー、やっぱりいないわね~」
ツクモは噴水周辺の人たちの顔や格好を確認するが、やはりルシールらしき少女はいないようだった。
「あ!」
その時、ボランティア部員が悲鳴を上げる。
「会長、募金箱がありません!」
確かにルシールが見ていたはずの募金箱は影も形もなかった。
「あのスミマセン! ここにいた女子生徒どこ行ったか知りませんか?」
ボランティア部員は同じ噴水の縁に座っていた老人に尋ねる。
「女の子? どんな子だ?」
「私と同じ制服です~」
と、そこでツクモが自分の制服を老人に見せる。
「あ~、その子ならさっきひとりでどっか行ったよ」
「どこに!?」
「さあ? あっちの方だったかな?」
老人は南の方をアゴでクイッと指す。
そちらには小さな駅前商店と複数の路地があり、方角だけではどこへ行ったかは分からなかった。
「じゃ、じゃあその女の子の傍に置いてあった募金箱は知りませんか? 結構たくさんあったんですが……」
「さあ? そういやいつの間にかなくなってたのう」
老人も募金箱の行方は知らないようで首を傾げた。
突然ルシールとお金の入った募金箱が消えてしまった。
誰がどう聞いても異常事態で、非常事態だ。
「会長!」
ボランティア部員は切羽詰まった表情でツクモを振り返る。
「ん~、そうねぇ。一度みんなを集めましょうか」
そう言ってツクモは生徒会と残りのボランティア部を一箇所に集め、事情を説明する。
「そんなの絶対持ち逃げじゃないですか!」
真っ先に声を荒げたのはブランギだ。
だが今回の場合、誰もが少なからず思っていたことである。
なにしろ状況的にはそうとしか考えられないからだ。
「ダメです。サラマンダーさんスマホの電源切ってます!」
「と、とにかく警察に連絡を……!」
「まだ早まっちゃダメよ~」
ツクモは逸る彼らを冷静に抑える。
「それに私ならこんな状況で持ち逃げなんてしないわ~。だってバレバレだもの」
確かに自分が――この場合はルシールが――疑われるしかない状況で物を盗むか?
学生である以上、自宅の住所は学校に把握されている。
しかも彼女のいた噴水は人目の多い場所だ。
実際、傍にいた老人に一部始終を目撃されている。
「とりあえず、生徒会の方で近くを探してみるわね。サラマンダーさんが帰ってくるかもだから、ボランティア部の人たちはここにいて?」
「は、はい!」
あたふたするボランティア部員に待機の指示を出し、次にツクモは生徒会のメンバーを振り返る。
「じゃあ生徒会のみんなは班分けするから~、それぞれ違う範囲を捜索して~……」
と、そこでツクモがふと気がつく。
「オーマ君たちはどこ?」




