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4-2 テロリスト、遅刻した魔王に遭遇する





「ん?」


 汗だくのオーマはバルザたちを見て足を止めた。


 彼が偶然ここに現れたのには、いくつか理由がある。


 まず、彼は今朝寝坊をしてしまった。

 生徒会に入り立てでいきなり遅刻はマズい……と、急いで家を出てそのままダッシュ。


 突風を巻き上げて走る彼を見て、人々は怪物が現れたのかと軽くパニックに陥った。


 それはそれとしてオーマは遅刻ギリギリでクラ高に辿り着いた……が、また問題が発生した。


 というのも、クラ高はホームルーム三分前に正門と裏門を閉じてしまうのである。


 慈悲がないと言えば慈悲がないが、それくらい余裕を持って行動しなさいという学校の教育方針なので仕方がない。


 困ったオーマはクラ高を囲む塀を跳躍で乗り越えた。

 ちなみに塀の高さは五メートルである。


 さて、そうして次に彼は警備員と教師の目を掻い潜るため、校舎裏のルートで下駄箱に向かい――この場に遭遇したのだった。


「な、なんだ生徒かよ……脅かしやがって!」

「……?」


 バルザは逆ギレ気味に罵倒してきたが、オーマにはなぜ目の前の男が怒っているのかが分からない。

 ただ彼の目は檻の中にいるキメラに注がれていた。


「あ……」


 と、そこでバルザも彼の視線に気づき、「マズい!?」と心の中で叫ぶ。


 だがすぐに気を取り直し、再びニタニタと笑みを浮かべた。


「へ、へっ……まあちょうどいい。どうせ皆殺しの予定なんだ、景気づけにまずはお前にコイツの餌になってもらうぜ!」


 そう言うとバルザは檻の鍵を開け、キメラを解き放った。


「グルルルルル!」


 キメラはのそり、と檻から出てコンクリートの地面を踏む。

 その足取りはまさに肉食獣のそれであり、三頭を持つ異形は、さらにそこに禍々しい迫力を加えている。


 キメラは一瞬バルザに目を向けたが、他の隊員たちが指示すると狙う獲物をオーマへと定めた。


「……」


 オーマは額の汗を拭い、キメラと対峙する。


 二足歩行と四足歩行の差はあれど、体重(ウェイト)で言えばキメラはオーマの倍ほどあった。

 体重差は格闘戦において絶対的な差を生み出す。


 またキメラは獅子の爪牙、蛇の毒、山羊の角などの生物としての武器。

 さらに精神を汚染する鳴き声、敵を怯ませる邪眼、火を吐くなど、多くの異能も備えている。


 人間、あるいは魔族であっても、武器や魔法なしに対峙できる化け物ではないのだ。


「ジョニー、やっちまえ!」

「グルルァ!」


 隊員の声でキメラはオーマに飛びかかった。



 まずは獅子の爪が振り下ろされ、彼の腹を裂いて内臓をブチ撒け……られない。


「!?!?!?」


 爪から伝わった、まるで分厚いゴムを引っ掻いたような感触に獅子頭が動揺する。


「アンソニー!」

「シャアアア!」


 続けて蛇がその毒を流し込もうと、彼の首筋に牙を突き立て……られない。


「!?!?!?」


 文字通り「歯が立たない」と、蛇頭はその事実に驚愕する。


「ビリー!」

「ベェェェェェ!」


 不甲斐ない両頭に憤慨しながら山羊が角で彼の心臓を刺し貫……けない。


「!?!?!?」


 胸筋とその下の骨に自慢の角を跳ね返され、山羊頭は首の筋を痛めてメェ~と泣いた。


 魔斗連の面々もキメラを圧倒する少年の存在に愕然としていた。


 その時、ただ突っ立っていたオーマが腰を屈めてキメラに手を伸ばす。


「よしよし」

「~~~~!」


 その子犬をあやすような仕草に、獅子頭のプライドが刺激された。


 彼はクワッと口を開く。

 その大口から、ゴウッ、と炎が吐かれた。


「!」


 至近距離にいたオーマは躱しようもなく炎を真正面から浴びる。


「やったか!?」


 オーマにビビッていたバルザも思わず喝采した。


 キメラの吐く炎は上級魔導師並とされる……普通の学校で並ぶ身体強化や防御魔法では、到底防げるレベルの物ではない。


 が……。


「……」


 オーマは平然とした顔で爆煙の中から顔を出した。


 無傷。

 火傷の痕すらない。


 炎は彼の圧倒的魔力の圧に弾かれ、制服にすら届くことなく掻き消されてしまったのだ。


「……」


 オーマは軽く手で煙を払う。


 それから彼は元々眠たげな目をスッ――と細めた。


「「「~~~~」」」


 そのほんのちょっとした仕草に、キメラたちは互いの頭を寄せ合い、へっぴり腰になって後退る。


 今更ながら気づいた互いの生物としての圧倒的な格の違い。


 それも仕方がない。

 なにしろこのキメラはずっと地下で育ってきたのだから。

 餌運び係(魔斗連)に囲まれて育ったこの生物には、自分より格上がいるという自然の摂理を学ぶ機会がなかったのだ。


 そして、その学びを得るのはあまりにも遅かった。


 ただこの憐れな生命は、目の前の強者が下す裁定に従うほかない。


「……」


 オーマは再び腰を屈めると、ブルブルと震える獣に向かって手を伸ばし、


「めっ」


 と、恐ろしくかわいくない声で叱りながら獅子頭の額を小突いた。


 それは別にたいした威力ではなかった。

 当然、先程の炎などオーマにとって、怒るほどのものではない。


 今のはただの躾けだ。


 だが、元々へっぴり腰になっていたキメラは、軽く押されただけでそのまま地面にへたり込んだ。


「……」

「……」

「……」


 キメラの三頭は顔を見合わせる。


 彼らの胸中に浮かぶのは敗北感――それ以上の、生存に対する喜び。生かしてもらったことへの感謝。敬服。屈服。従順。エトセトラエトセトラ。


 獅子の頭も、蛇の頭も、山羊の頭も、考えて導き出した答えは全員一致していた。


 ごろんっとキメラは腹を見せる。

 即ち、降伏のポーズである。


「お、おい! 何してんだコイツ!?」


 それを見てバルザは喚き始めるが、キメラの結論は変わらない。


 人工的に作られた合成魔獣とはいえ、彼らにも野生の本能は備わっている。

 つまり絶対強者には従うべし……という鉄の掟が。




「か、仮リーダー……」

「マズいっすよ……」

「どうします……?」


 怯えた隊員たちがバルザの裾を引っ張る。


「どうしますってお前……」


 すっかり顔を青ざめさせたバルザは、キメラの腹を撫でているオーマを見やる。


「……ん?」


 彼の視線に気づいてオーマが顔を上げた。


「「「「ヒィイィィィィ!!」」」」


 目が合った瞬間、魔斗連のテロリストたちは悲鳴を上げて逃げ出した。


 彼らは大慌てトラックに乗って急発進させると、そのまま裏門に体当たりしてクラ高から脱出した。


 ――ちなみに、この時守衛にトラックのナンバーを覚えられて警察に通報され、魔斗連の残党たちはその後あえなく捕まったのだった。




 さて。


 魔斗連との一件で完全に遅刻が確定したオーマは、重い足取りで一年A組の教室へ足を運んだ。


 彼は小さくため息をつき、ガラガラと教室のドアを開ける。


「ん? ローゼンさん、遅刻で……」


 ホームルーム中だった担任は、オーマの顔を見て注意をしようとしたが……彼と一緒に教室に入ってきたソレを見て絶句した。


「キャアアアア!」

「ウワアアアア!」


 教室内の生徒もソレに気づき、男女問わずに悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちる。


「ロ、ロ、ローゼンさん……ソソソソレは何ですか?」


 担任は震える指先でソレ――キメラを指差し、オーマに尋ねる。


「ぐっぐるるぐるにゃん」

「しゃらららら」

「めぇ~~~」


 そのキメラは三つの頭をそれぞれオーマに擦り付け、全力で彼にアピッていた。

 凶悪な外見のままだが、その仕草はどこかブルドッグ的な愛らしさを感じさせる。

 野生が敗北を認めた瞬間から、キメラはオーマを自分の主と定めていた。


 そして、そんなキメラに懐かれた彼は。


「校舎裏で拾ったんで……俺が飼うつもりです」


 と、担任の質問に簡潔に答えた。


 放課後、彼は生徒会を休み、キメラを従えて下校する。


 この日からオーマの〝一家〟にペットが一匹加わることとなった。



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