4-1 テロリスト、遅刻した魔王に遭遇する
人魔平等論が唱えられ百年が経った。
今では人類と魔族は手を取り合い、平和を享受している。
が、それに不満を持つ者もいた。
魔族至上主義を掲げる『魔斗鬼連合』もそうである。
彼らはこう主張する。
「戦後から今日に到るまで人間の王族は純血を保ち、他種族との婚姻を持っていない」
「未だに上院議員になった魔族が存在しない」
以上のことから、『魔斗鬼連合』は人魔平等論は虚構であるとしている。
その是非についてどう思うかは人それぞれだろう。
だが少なくとも彼らはそれを不満とした。
人族の専横を打破せんと掲げ、彼らは反社会的な活動を行っていた。
その中には大規模な破壊活動も含まれる。
特に一年前の首都駅ビル爆破事件は大きなニュースとなったほどだ。
その事件――テロ以来、『魔斗鬼連合』は大陸中で指名手配され、半年もしない内に連合隊員は次々と逮捕されていった。
やがて連合隊長と副隊長が捕まり、『魔斗鬼連合』は解体された……と世間では思われている。
が、警察の手を逃れたわずかな残党たちは地下に潜伏していた。
彼らは息を潜め、次の作戦を着々と進めていた。
地下。『魔斗鬼連合』本部。
「――例の準備はできたか?」
そう部下の隊員に問うたのはオーガ族のバルザ。
魔斗連の残党たちのまとめ役だ。
彼は逮捕された隊長のいとこだった。
また残存メンバーの中では一番の古株ということもあり、次のリーダーに選ばれた。
「はい。バッチリです仮リーダー」
「いつでも行けますよ仮リーダー」
「人間に目に物見せてやりましょう仮リーダー」
「……」
仮と呼ばれる度にバルザは微妙な顔になったが、幸いその表情はマスクで隠れて部下には見えなかった。
「コホンッ……まずはそのブツを見せてもらおうか」
「はい! こっちの部屋で鎖に繋いでます」
バルザは部下に先導され、例のブツがいる奥の部屋へ移動する。
「……っ」
ドアを開けると、まずは獣臭と糞尿の悪臭が鼻についた。
掃除しとけよと心の中で思うが、文句は我慢してさらに部屋の奥へ進む。
「グルルルル」
すると、低い唸り声が室内に響き始めた。
「明かりつけます」
隊員のひとりがライトをつける。
「ガウッガウッ!」
「シャアアアア!」
「ベェェェェェ!」
強烈な光を浴びて、途端に獣は抗議するように吠え始めた。
吠え声は三種類――が、部屋にいる獣は一匹だけだ。
その獣の正体はキメラ。
獅子と蛇と山羊の三頭を持つ合成魔獣だ。
かつての魔王の手で生み出され、大戦で人類を大いに苦しめた凶悪生物である。
「西の闇業者からこいつの幼生を買って三ヶ月……やっと成体まで育ちました」
「マジ大変でした……」
キメラの世話を担当していた隊員たちは、その苦労を思い出してホロリと涙をこぼす。
「何回噛み殺されそうになったか……」
「蛇の毒にやられた時はマジ死ぬかと……」
「この山羊の鳴き声聞いてると、ホント精神病みそうになるんすよ……」
「幼生なら半値でいいっていうから飛びついたけど、ここまで育てるのが大変とは……」
「まあ、だから安かったんでしょうけど……マジしんどかったっす」
「へへっ、とはいえそれも今はいい思い出ですけどね」
「……そうか」
隊員たちの苦労話にとりあえず頷きつつ、バルザはそっとキメラに手を伸ばす。
「グワゥッ!」
「!」
が、危うく指を噛みちぎられそうになり、彼は慌てて手を引っ込めた。
「おい、こいつホントに俺の言うこと聞くのか?」
「あーいきなり撫でようとしちゃダメっすよ仮リーダー」
隊員のひとりはヤレヤレという顔で、部屋の隅から薄汚れた袋を取ってくる。
彼はその袋をガサゴソと手探り、中から骨付き肉を取り出した。
「ほーれジョニー、ご飯だぞー」
「……ジョニー?」
「あ、名前っす。獅子がジョニーで、蛇がアンソニー、山羊がビリーっす」
いや、何でキメラに名前つけてんだ……とバルザは言いたかったのだが、隊員たちはそれぞれ「アンソニー」「ビリー」と名前で呼んでいる。
彼らもまた別の袋を持ってきて、蛇には卵、山羊にはニンジンを与えた。
「おおーよしよし、今日もかわいいなアンソニー」
「いやいや、ビリーの方がカッコいい」
「ふたりともこのジョニーの凜々しさが分かんないかなー」
「……」
キメラをかわいがる隊員たちの輪に混ざれないバルザ。
これも大変なキメラの世話を部下に押しつけたツケ……文句をつけることもできず、彼はまた「ゴホンッ」と咳払いをした。
「と、とにかくこのキメラを使って次の作戦を実行するぞ!」
作戦。
つまり、次のテロである。
すでに標的は決めてあった。
「クラウディウス高校! あの金持ちどもが通う学校にキメラを放ち、政治家どもの子供を皆殺しにしてやる!」
鼻息を荒くしながらバルザは高らかに宣言する。
彼は部下たちも「おおぉー!」と拳を突き上げてくれる……と期待したが。
「ワハハッ、じゃれるなよジョニー」
「見てみて、アンソニーが腕に巻きついてる」
「おいおいビリー、紙を食まないでくれよー」
「……」
隊員たちはキメラと遊ぶのに夢中で、全然彼の話を聞いていなかった。
しかし、バルザは彼らに怒鳴ることもできない。
なにしろ魔斗連はもうここにいるメンバーしかいないのだから。
彼らにもし嫌われたらと思うと……そんな恐ろしいことは考えたくもなかった。
いや、だからこそ! 次の作戦を成功させれば、部下たちも彼を尊敬して慕ってくれるはず……その願望は、バルザに強いモチベーションを与えた。
それから三日後。
朝、バルザたちはキメラを載せたトラックで、クラウディウス高校へ向かっていた。
「てか今更ですけど……仮リーダー、あんな名門校に侵入できるんですか?」
「安心しろ。そのためのコイツと変装だ」
なにもバルザとて、キメラの世話を部下に押しつけ、ただ楽をしていたわけではない。
彼が助手席に座る隊員に見せたのは、クラ高に出入りしている業者の偽造身分証だ。
「これがあれば裏門から敷地内に入れる。あとは中でキメラを放てば警備員なんてどうとでもなる」
「なるほど。さすがっす仮リーダー」
「……おう」
やっぱり仮と言われる度にバルザは微妙な気分になる。
だが仮仮と言われ続けるのも今日で終わりだ……と彼が意気込んでいる内に、クラ高の裏門が見えてきた。
「ど~も~、〇×商事です~」
バルザは愛想よくしながら、裏門の守衛室に身分証を提出する。
「ああ、はいはい……ん? なんかいつもと違う人だね」
「あっ! ええ、俺新人で!」
「ふーん……」
身分証を受け取った守衛はジロジロとバルザの顔を見る。
「へ、へへへ」
バルザはとにかく怪しまれないように無理やり笑顔を作る。
心臓はもう緊張でバクバクいっていた。
(大丈夫……高い金積んで闇業者に用意してもらったんだから……大丈夫)
バルザは呪文のように大丈夫と心の中で唱え、無事に通れるように天に懇願した。
「……はい。それじゃどうぞ。いつもご苦労様」
「……! は~い、どうもどうも!」
守衛の許可とともに裏門が自動で開かれ、バルザはペコペコ頭を下げながらトラックを発進させた。
敷地内に入ってしまえばもうこっちのものである。
やがて校舎裏手の駐車場が見える。
登校時間帯には高級車の並ぶ駐車場だが、もうすぐ朝のホームルームの時間なので送迎の車もすっかりいなくなっていた。
バルザはそこにトラックを止め、運転席から下りる。
それからトラックの後ろに回り、荷台の扉のロックをはずす。
「おい、到着したぞ」
「ういっす!」
キメラと一緒に荷台に載っていた部下が返事をし、バルザは彼らと協力してキメラの入った檻を地面に下ろした。
「グルルルルル!」
「シャアアアア!」
「ベェェェェェ!」
檻にかぶせられた布を取ると、途端に不機嫌な唸り声を上げるキメラ。
「うっ……! お、おい先にコイツ落ち着かせろ」
「了解っす。あ、ジョニーの肉取ってくれ」
「おう! ほい、こっちはビリーのな」
「サンキュ」
部下たちは慣れた調子でキメラたちの餌の袋を互いに手渡し合う。
彼らが餌付けすると、キメラも言うことを聞くようにおとなしくなった。
(よし……! これなら作戦通りにいけるぞ!)
成功を予感し、バルザは邪悪な笑みを浮かべる。
ここまで彼は棚ぼたで「仮」リーダーになったり、部下に疎外感を覚えたりと、どこか不遇な様子であった……が、結局のところのその性根は悪だった。
なぜなら彼は、この学校の少年少女がキメラに殺されることを想像し、笑ったのだから。
が、バルザはこのあとすぐ……彼の立てた作戦そのものが、どうしようもなく最初から失敗していたことを知る。
「……何だ?」
バルザはふと大きな足音に気づく。
それはどうやら駆け足のようで、彼らの方へと近づいてきていた。
(まさか警備員がもう気づいた!?)
そう思った彼は慌てて後ろを振り返る。
が、そこにいたのは警備員ではなく、遅刻寸前の生徒――即ちオーマだった。




