幕間 3
「オーマ様、生徒会に入ったそうですね」
「ん」
家で夕飯を食べている時、オーマはサラリサに尋ねられて短く頷いた。
「マズいか?」
オーマは念のため尋ね返した。
今回のことは彼の独断であった。
車の送迎も断ってしまったし、これ以上帰宅が遅くなることに、彼女は渋い顔をするかもしれないと思った。
だが次に彼の乳母が浮かべたのは微笑であった。
「クラウディウス高校の生徒会といえば、エリート中のエリートが集まる場所。わずか一ヶ月でそこへ入り込むとは、流石オーマ様でございます」
「ん。問題ないなら、いい」
オーマは味噌汁を飲み干す。
食事が終わったのでそのまま部屋で宿題するかと思ったが、ふと立ち上がるのを途中でやめた。
「あのよ……」
「何でしょう?」
「……………………キサラギ家の長女ってのは、世間じゃどーいう立場なんだ?」
キサラギ家長女――つまりツクモのことである。
彼女の学園での評判はいろいろと集めたが、王族である以上は世間的な評判というのもあるのが常だ。
表裏の社会に通じるサラリサなら、その詳しいところまで知っているのでは?
それを期待しての質問であった。
「確か、生徒会の生徒会長でしたね。なるほど、分かりました」
サラリサは箸を置いて話し始める。
「キサラギ家は先々王と繋がりのある血筋で、由緒正しいお家柄です。長女のツクモは大変な才女との噂で、実際に美術や音楽のコンクールで賞を取ったこともございます」
「そいつぁスゲェな」
オーマは素直に感心する。
「それ以外はとにかく性格がよいという評判です。将来は慈善事業に力を入れたいと語ったインタビューも残っているようですね」
「そうか」
「あと過去に男の影はありません」
「……ん?」
「これはキサラギ家のガードもあるのでしょうが、そういった噂は皆無です。婚約者の候補は何度か挙がったそうですが、それは当人が卒業まで拒んでいるそうで」
「……」
「当人の意思はどうあれ、これはチャンスでございます。ツクモを手篭めにしてキサラギ家を乗っ取れば、表裏の権力をオーマ様が手にすることも」
「おい、待て」
「はい?」
話を止めるオーマにサラリサは小首を傾げる。
「……誰もそこまで言ってねぇ」
「そうでした。また私は差し出がましいことを」
サラリサは畳に指をついて頭を下げる。
「全てはオーマ様の御心のままに為されるのがよいかと存じます。何か必要とあらば四天会の総力を結集いたしますので、いつでも御声がけください」
「……ん」
たぶん頼むことはないだろうと思いながら、オーマはそこで話を切り上げた。
その後自室に戻り、彼はその日の宿題を始める。
しばらくやって休憩に入るが、そこでふと夕飯時のサラリサとの会話を思い返す。
彼女は彼がツクモとどうこうなりたいと勘違いしていたようだが……。
(そんなんじゃねぇんだがな)
オーマはツクモと昼食を一緒に食べた数日間のことを思い出す。
彼女はあそこでひとりご飯を食べている彼に対して「寂しくない?」と尋ねた。
その後、「私もたまに来る」とも。
「……」
普段から大忙しの、誰からも頼られる生徒会長であるツクモ。
そんな彼女がわざわざ誰もいない静かな場所で昼食を取っていた理由。
それをオーマから尋ねる気はない。
だが彼女は彼のために数日の間、毎日体育館の裏に来て話し相手になってくれたのだ。
ならばその恩に報いなければ仁義に悖る。
だから彼は彼女への恩返しのために生徒会に入った。
ただそれだけだ。
「オーマ君」
ツクモのことを考えていたら、ふと彼女の声も脳裏に蘇ってしまった。
それは彼女といるといつも感じる甘い痺れにも似た感覚を彼に思い出させる。
「……」
オーマは頭を振る。
変な雑念が入った気がしたからだ。
仁義を果たすのに余計な感情を混ぜてはいけない。
実際どう思っているかどうかはともかく、考えてはいけない――そういうものだ。
オーマは頭を掻き、宿題を終わらせるため再び問題集を解くのに戻った。




