【第90話:仲間と信頼】
「実は、盗まれた『勇者の遺産』の中で、未だに迷宮から発見されていない秘宝の一つに、『魔神の心臓』と呼ばれるものがあるのですが……ギュスタブは、どうやらこの秘宝を手に入れようと躍起になっているようなのです」
聖王国の中だけで動いていて、この国に入り込んでいなければそんな情報は掴めなかっただろうが、さすがに自国に深く入り込んで妙な動きをみせていれば、諜報部などが情報を入手する事もできるのだろう。
王国側は、かなり深いところまで情報を入手しているようだった。
しかし、名前からしてなかなかに恐ろしげな秘宝だな。
いや、そもそも秘宝なのか……。
「ま、魔神の心臓……なんか怖そうだな……それにボク、グロいのは苦手なんだけどなぁ……」
ユイナも同じような意見なのか、一瞬想像してしまってその表情を歪めていた。
「捕らえた間者もただ探れと命令されていただけのようで、どんな効果、能力のものなのか、そもそもどういったものなのか、その形状すらわかっていなかったようです」
「トリス、ユイナ、メイシー。あまりその先の事まではわからず申し訳ないのですが、迷宮都市『ガイアス』に向かっていただけますか?」
迷宮都市ガイアス。
それはさまざまな物語に登場する冒険の舞台。
この世界にはいくつかの迷宮が存在するが、エインハイト王国にある唯一の迷宮だ。
しかし、この世界にある迷宮と呼ばれるものは、いずれも謎に包まれ、どう言った原理で発生し、どういった仕組みでその中に魔物や宝を生み出すのか、本当に何もわかっていない。
それでもその宝物を求めて、冒険者が集い、待ち受ける魔物と戦い、今までにも様々な冒険譚が生み出されているのは、そこにはまさに冒険が待っているからだと思っている。
まさしく冒険の地なのだ。
そんな場所、オレが断る理由がない!
「ぜひ行かせてください!」
だから、思わず即答してしまったのだが……。
「ははは。まぁトリスっちが断るはずがないよなぁ」
「そうだね。ボクも思ってた」
と、二人に笑われてしまった。
勝手に一人で了承の返事をしてしまったためにバツが悪く、何も言い返せない……。
「ユイナちゃんにメイシーちゃん。星を詠んで、その導きに従い、あなたたちに迷宮へ行く事を求めている私が言うのもなんなのだけど、迷宮都市ガイアスは本当に危険な場所だからね。本当に良いの?」
マリアーナ殿下の心配そうな声に、しかし、二人は笑って答えた。
「マリアーナさま。ボクは一人じゃ大したことは出来ませんが、トリスくんとメイシーさんの二人がいてくれたら平気です」
「そやなぁ。うちもトリスっちとユイナっちと一緒なら、何か起こっても何とかなるって思ってるから。まぁまだ短い付き合いやけど、それぐらいには二人を信頼してる。だから大丈夫や!」
仲間として皆を信頼している。
そして、仲間からも信頼されている。
そのことがとても嬉しかった。
でも、なんだか少し気恥ずかしくて、ちょっと視線を逸らせて頬をかいていると……。
「トリスも良い仲間を見つけたわね! マリアーナは嬉しいですよ!」
「ふぐっ!?」
突然マリアーナ殿下が立ち上がり、オレに飛びつき抱きついてきた。
「ふぇっ!? と、トリスくん!?」
「お姉様!! 何をしているのですか!?」
ユイナがあたふたと慌てだし、スノア様が本気で怒り、メイシーとリズが若干呆れて苦笑を浮かべる中、オレは突き飛ばすことも出来ず、その柔らかい感触に包まれながら、ただただ解放されるまで、固まっていたのだった。
~
その後、オレがマリアーナ殿下から解放されると、なぜか皆の厳しい視線がオレに集中したことに理不尽を感じるが、オレは咳ばらいをして話を元に戻すと、今後の事について話を始めた。
「それでは三日後、オレたちは迷宮都市ガイアスに向けて王都を立つことにします」
「トリス、ユイナ、メイシー、皆は先日大きな戦いを経験したばかりだというのに、王都でゆっくりさせてあげることも出来ず、申し訳ありません」
そう言って頭を下げるスノア殿下だったが、
「スノア殿下。そのお気持ちだけで十分です。オレたちは別に誰かに頼まれたから先日の戦いに参加したわけではなく、自らの意志で参加を決めたのですから」
だから、今回も自らの意志で迷宮都市に赴くのだから頭をあげて下さいと続けた。
「そう言って頂けると助かります。ただ、わたくしにも少しぐらいはその手助けをさせてください」
「冒険者。姫様たちの計らいで、迷宮都市までの馬車の手配と、各種費用は王国が受け持つ事になりました。これは王国からあなたたち『剣の隠者』への正式な指名依頼となるので、冒険者ギルドで手続きをしておいてください。それと、遅れてしまいましたが、穢れの森での活躍に対する報奨が冒険者ギルドで受け取れるように手続きをしてあります。王都の冒険者ギルドでしか受け取れませんので、こちらも忘れずに受け取っておくように」
スノア殿下とリズの話を聞いて、オレは二人の王女様に感謝の言葉を伝え、ありがたくその好意を受けることにした。
オレたちは国に仕える騎士ではなく冒険者だ。
だから指名依頼という形にして、オレたちが遠慮せずに、その報酬や援助を受け取れるようにしてくれたのだろう。
「マリアーナ様、スノア殿下、色々ご配慮ありがとうございます。それからリズも、色々とありがとう」
「な、何を言っているのですか。姫様の命をこなすのは当たり前の事です」
なにか心境の変化でもあったのか、幾分リズがオレに向ける態度が軟化したように思うが、素直な感謝の言葉までは、まだ受け取ってくれないようだ。
ただ、それでも少しその関係が改善されたことは嬉しかった。
「冒険者、あと一つ、伝えておくことがあります。これは今回のギュスタブの一連の動きに関係するかはわかっていないですが、過去に魔神を倒し、その魔人の心臓を聖王国に捧げた勇者は、その後、聖王国に裏切られて亡くなったという話が出てきています。まだ事の真偽は掴めていませんが、ユイナを必ず守るのですよ」
「あぁ、ユイナは必ず守ってみせる」
リズに言われるまでもなく、オレはユイナを守ると誓いをたてている。
ただ先日の戦いでは、危うくその誓いを破ることになるところだった。
だから、オレはもっと強くならないといけないと、心の中でもう一度決意を新たにした。
「トリス。わたくしも近いうちに迷宮都市に向かいます。表向きはいつもの慰問ですが、わたくしたちが到着するまでは無理をしないように」
「良いなぁ~スノアちゃんだけずるいぃ~私も行きたい~」
「お姉様……星詠みは国の宝なのですよ。無茶を言わないでください」
星詠みと呼ばれる特殊な技能を持つ者は、どの国でも非常に重要視され、厳重に警護されている。
王女という立場だけでも、そう簡単に王城を出ることは難しいのに、マリアーナ殿下はさらにその星詠みとしての役割を担っていることから、スノア殿下のように慰問に行くようなことは許されなかった。
「わかってるけど~……じゃぁ、またちゃんとお土産買ってきてね!」
しかし、そんな事で嘆いて落ち込むような方でないのは、大きな救いかもしれない。
そんな事を考えてしまうぐらい、マリアーナ殿下はいつも前向きで楽しそうだ。
オレは、スノア殿下とはまた種類の違う、マリアーナ殿下のその圧倒的なカリスマ性をあらためて感じたのだった。