【第73話:戦いに向けて】
大型種と思われる魔物の咆哮に、皆の顔に緊張が走った。
「か、かなり近づいてきているぞ! そろそろみんな配置につけ!」
「弓持ちと魔法使いは作戦通り、合図に合わせて一斉射撃だ! 準備を始めろ!」
慌ただしく指示が飛ぶ中、オレはメイシーに頼んで背から降ろして貰う。
日頃から魔剣の負荷に鍛えられていたお陰か、この体はかなりの回復力を有するようになったのだが、それでもまだ立つのがやっとだったため、ここまで背負ってきて貰ったのだ。
オレは少しふら付きながらも、何とか自分の足で立ち、腰にさした魔剣の柄に手を添える。
(さすがにこの体を何とかしてくれって言うのは頼り過ぎか?)
思わず魔剣に向かってそんな事を考えていると、
「トリスっち、ほんまに参加するつもりなんか?」
と、メイシーがまた尋ねてきた。
「さっきも言ったように、逃げる気はない。ここの街のみんなと最後まで戦うつもりだ」
「ぼ、ボクも同じ覚悟だから! 雑魚ならボクの光魔法でかなり殲滅できると思うし!」
そんなオレたち二人を見てメイシーは、少し寂しそうに、それでいて少し嬉しそうに呟いた。
「ほんま自分ら良い奴やな。出来たらもう少し早く出会いたかっ……」
しかしユイナは、その言葉に少し被せる勢いで前のめりになって話し始めた。
「ま、まだ遅くなんてないです! ……そ、そうだ! 先にお願いしておくよ! メイシーちゃん! この戦いが終わったら一緒にパーティー組まない? あっ……と、トリスくんもいいよね?」
こんな時に上目遣いのユイナに少しドキッとするが、少し視線をそらせつつ、
「そうだな。メイシーが入ってくれるなら凄く嬉しい」
と言って、歓迎の意をメイシーにも聞こえるように伝える。
(しかしそう言えば……前にユイナと話してた時、戦いの前に約束すると、それは叶わなくなるフラグだから、言っちゃダメとか言っていなかったか?)
「へへ……嬉しい事言うてくれるやん! そうやな。戦う前から弱気になってたらあかんな。良し! じゃぁ、この戦いを切り抜けたら、うちも仮面用意して貰おうかな?」
パーティーに誘われたのはメイシーも喜んでくれているようで、少し照れて鼻の下を指で軽くこすりながら、嬉しそうにそう言葉を返してくれた。
一瞬、「フルプレートのマスクしてるからいらないんじゃ?」と口から出かかったが、せっかくの話に水を差しそうだったので、黙っておいた……。
「そ、そうですね! 仮面がいりますね! ようし! ボク、材料何とか手に入れて、新しい仮面創っちゃうよ!」
「お? 大概の材料なら、うちのドワーフ網通じて手に入れたるから任せとき!」
こうして新たな仮面の冒険者の誕生が決まった所で、いよいよこんな話をする時間も無くなってきたようだ。
「それじゃぁ、メイシーは先に行ってくれ」
「了解や! トリスっちは無理するんやないで!」
メイシーはそう言うと、鎧を出現させて身に纏い、ガチャガチャと音を鳴らしながら走り去っていった。
どうやら門の防衛の方に加わるようだ。
「ふふふ。あの後ろ姿からは、小さな女の子が鎧の中に入ってるなんて思わないね」
メイシーの後ろ姿を一緒になって見送っていたユイナがクスリと笑いながら、そんな事を呟いた。
「確かにな。……それじゃぁ、ユイナ。さっき少し話したように、一か八かブーストをしてみてくれないか……」
途中から表情を少し真剣なものへと変えて、ユイナにそう頼む。
実は、訓練中に何度かこのような状態を経験しているが、一度この状態になると、ユイナの全力の全耐性向上の強化魔法を受けても、オレ自身の抵抗力が下がっているせいで、呪いの無効化が上手くいかなかった。
だから、その事を知っているユイナは最初少し反対したのだが、結局オレの我を通して聞いてくれた形だ。
「じゃぁ、やってみるよ? 無理そうなら解除するからね?」
「あぁ、わかっている。やってくれ」
ユイナは少し渋々といった様子だったが、ブーストのために魔力を高めていき……、
「ブースト!」
オレに向かって光の強化魔法を放った。
すると、オレの身体はいつものように淡い光に包まれ、暖かい何かに満たされるような感覚を感じたのだが……、
「ぐっ!?」
呪いの効果を打ち破ろうとした瞬間、体が悲鳴をあげ、全身を襲う激痛に膝から崩れ落ちてしまった。
「と、トリスくん! 大丈夫!?」
すぐに強化魔法を解除して駆け寄ってきたユイナに、オレは右手をあげて制止し、
「大丈夫だ。でも、やっぱりダメか……。なんとか騙しだまし戦うしかないようだな……」
と、すぐさま立ち上がってユイナを安心させてみせた。
少し強がってはいるが、実際にそこまで酷いダメージを受けたわけではないのだが、やはりそこまで甘くはなかったようだ……。
「仕方ないよ。その……トリスくんの分まで、ボクが頑張っちゃうから!」
オレが少し落ち込んでいると思ったのだろう。
何とか励まそうと必死なユイナのその気持ちが少し嬉しかった。
「ありがとう。じゃぁ、せめてユイナの命だけはオレが守ってみせるよ」
「ふぇっ!?」
別に変な意味を込めたつもりは無かったんだが、ボンと効果音が聞こえてきそうなほど顔を一瞬で真っ赤に染めたユイナを見て、何だかオレも照れくさくなる。
「と、とにかく、オレたちも行こう!」
「そ、そうだね!」
その後、二人とも無言のまま、門の前へと向かったのだった。
~
「なっ!? 仮面の冒険者じゃねぇか!? 本当に来やがったのか!」
門にたどり着くと、赤い牙のラックスがオレを見つけて声を掛けてきた。
街の防衛となると、パーティー単位で動かない事が多いので、この場には後衛にあたるメンバーの姿はないようだ。
「あぁ、残念ながらオレの方は大した役には立てないかもしれないがな。ただ、弓なら少し習っていたし、借りられるなら街壁の上からコイツと一緒に迎撃にあたろうかと思ってな」
そう言って、オレはもう一人の仮面の冒険者、ユイナに視線を向ける。
「あ、あの! これでもかなり強力な魔法が使えます! 街壁の上で先制の攻撃魔法を撃たせて下さい!」
ユイナが大きな声でそう言って頭を下げると、その場で指揮を執っていた衛兵らしき男が話しかけてきた。
「仮面の冒険者の話は聞いている。そしてその実力もさっきそっちの男の方で見させてもらった。是非、そうしてくれ!」
「あ、ありがとうございます!」
低姿勢に頭を下げるユイナの態度に少し驚いているようだが、その男はそれならば急いで欲しいと、案内を近くにいた若い衛兵に指示を出して、自分はまた忙しく他の者に指示を飛ばし始めた。
「よろしくお願いします! それと、弓はこちらを!」
指示を受けた若い衛兵がすぐに弓を用意してくれ、手渡してくれた。
「助かる。矢は上にあるのか?」
「はい! 既に用意できた矢は街壁の上に運んでいますので、そちらをお使いください。それでは、案内します! どうぞこちらへ!」
そのまま若い元気の良い衛兵に連れられ、門近くに設置された階段から街壁の上に向かう。
そして、街壁の上に出たオレたちの目に飛び込んできたのは……地を埋め尽くす魔物の大軍勢だった。