【第42話:もう一つの指名依頼】
訓練を終えて街に戻ってきたオレたちは、珍しく街の飲み屋に来ていた。
泊っている『旅の扉亭』のバタおばさんに、すまないが晩御飯は外で食べてきて欲しいと頼まれたからだ。
理由は言っていなかったが、たぶんオートンさんと一緒に弟さんの墓参りに行っているはずだ。
弟さんが魔物に襲われて亡くなったのはもうずっと昔の事らしいが、毎年オートンさんがこの時期に暇をとっていたから、間違いないだろう。
この世界では魔物によって命を落とす者は多いのはわかっていたが、先日の討伐遠征の件と言い、最近、深くいろいろと考えさせられるようになった。
しかし、それはともかく、どこにでもあるような普通の飲み屋に来ただけなのに、さっきからユイナが落ち着かない様子なのが気になった。
「ユイナ? さっきから落ち着かない様子だが、どうしたんだ?」
オレがそう尋ねると、ハッとして俯いていた顔をあげ、
「と、トリスくん……ボク、未成年なのにこんなとこ来て良いのかな?」
と、聞き返してきた。
「ん? 何を言ってるんだ? オレたちもう成人してるじゃないか?」
ユイナの言っている意味がよくわからずそう聞き返すが、
「あ……、そ、そうだったね。でも、ボクのいた世界ではお酒は20歳にならないと飲んじゃダメって決まってたから、なんかこういうとこきちゃダメな感じが……」
あらためて、ユイナとの常識のズレに気付かされた言葉だった。
気になったオレは少し詳しく話を聞いてみたのだが、他にも色々と常識のズレがあることを思い知らされる。
ユイナが元いた世界では15歳と言うのはまだ成人しておらず、独り立ちもしていなかったと言うのは初耳だったし、こちらの世界の常識だと、そもそもお酒を飲むのに成人している必要すらないので、その感覚は全く想定していなかった。
元いた世界の事を話す時、ユイナはいつも寂しそうな顔を覗かせるので、オレもいつしかその話題を避けるようになっていた。
だが、ユイナとこの先一緒に冒険者を続け、成長して行くためには避けてはいけない話題だったのではないかと思いなおす。
「そうだったんだな。悪い……。そうだ、今の料理の注文取り消して他の店にいくか?」
今、注文をしたところなので、恐らくすぐに取り消せば間に合うだろう。
店の人は良い気はしないだろうが、少し迷惑料でも渡せば済む話だ。
まぁこの時間に空いているような店で、お酒を出さない店を探すのは大変だとは思うが、ユイナが少しでも安心出来るなら、それでも構わないと思った。
「トリスくん……ありがと。でも、ボクは大丈夫だよ。トリスくんのその気持ちだけで十分、かな」
そう言って少し頬を朱に染めて微笑むユイナからは、いつのまにか不安そうな、落ち着かない様子は消え失せていた。
「そ、そうか? でも、無理だけはするなよ? オレは少し人の機微に疎いかもしれないが、ユイナは大切な仲間だと思っている。出来るだけオレが気付けるように気をつけるが、ダメな時は遠慮せずに言ってくれ」
「はは。大丈夫だよ。トリスくんに、ちょっと鈍感系主人公が入ってるのはわかってるから」
鈍感系主人公と言うのがよくわからなかったが、すごく不本意なことを言われている気がする……。
でも、ユイナの楽しそうに微笑むその姿に、反論の言葉を飲み込み、断り損ねて運ばれてきた旨そうな料理を2人で堪能する事にした。
「味はバタおばさんのとこに負けるけど、素朴でこういう味付けもいいな」
「そうだね。ボクもこういうシンプルな味付け嫌いじゃないな」
肉は少しパサついており、味付けもあまり塩気だけの非常に素朴なものだったが、素材の旨味が効いていて、思った以上に旨かった。
その後も運ばれてくる料理に舌鼓を打ち、お互い料理の感想を言い合った。
何でもない食事に、何でもない会話だったが、少し2人の間にあった壁が取り除かれたような気がして、その日の食事は少し思い出に残るものになった。
ただ、周りから聞こえてくる誇張された仮面の冒険者の様々な噂話に、2人揃って悶絶しそうになったのは、早く忘れたい出来事だったが……。
~
翌日、オレとユイナは、冒険者ギルドでリドリーさんと個室で話をしていた。
「しかし、まさか仮面の冒険者が、トリスさんとユイナさんの2人だったとは思いもしませんでした」
なんでその事を知ってるのかと、内心溜息をついていると、リドリーさんの方からその理由を話してくれた。
「まぁまぁ、そんな顔しないで下さい。だって、仮面の冒険者の全面協力をするって言っても、各支部のギルドマスター以外にも知ってる職員が一人ぐらいいないと動きにくいでしょ?」
「確かにそうかもしれないですが……」
「それで、この街のギルド職員で一番トリスさんたちと交流があるのが私だったから、お声がかかったという訳です」
なぜか自慢げに少し胸を張ってそういうリドリーさんに、少しげんなりしながら、話の続きを促す。
「はいはい。そうでした。実はあなたたち『剣の隠者』にではなく、英雄『仮面の冒険者』としてのお二人に早速依頼が入っているんです」
まだ英雄制度の適用がされて日が浅いのに、もう依頼があったのかと驚いた。
「え? どういうことですか? オレたちはもうすぐ『剣の隠者』として受けた指名依頼でこの街を出るんですが?」
先日、『剣の隠者』として初の指名依頼を受けた所だし、その依頼の内容はギルドも把握しているはずなのだが、どうして『仮面の冒険者』としての依頼の話を持ち掛けるのかが疑問だった。
「それはもちろんわかっています。依頼内容は領主様からご報告頂いておりますから。その上で是非お受けできないかと」
その言葉に、少しムッとしつつ、
「それは、先の指名依頼を断れという事ですか?」
と、リドリーさんに尋ね返す。
「いえいえ、違いますよ。同時にお受け頂きたいのです」
しかし、冒険者ギルドとしての思惑は、どちらも受けて欲しいという事だった。
「え? ボクたち、ただでさえ経験が不足しているのに、同時にだなんて……」
「確かにそうなのですが、その『仮面の冒険者』に指名依頼をしてきたのが、オイスラー伯爵なのですよ。そして、その依頼内容というのがソラルの街の近くで形成されつつある魔物のコロニーの殲滅なんです。話を持ち掛けた理由はわかってもらえましたか?」
確かにベテラン冒険者の中には、複数の依頼を同時に受けてこなす人もいるが、正直受けるか迷う話だった。
「ちなみにそのコロニーを形成しつつある魔物と言うのは?」
「それが、この辺りでは珍しい『アシッドスパイダー』というCランクの魔物で、しかも上位種、もしくは変異種が率いているのではないかとの未確認情報もあるんです。ですから、下手な冒険者を向かわせる事が出来ないんですよ」
そういう理由なら仕方ないと、答えようとした時だった。
「くくく、蜘蛛の魔物なんですきゃ!? とととトリスしゃん! やめましょう! ボク、蜘蛛とか絶対無理でしゅ!? 無理無理無理無……」
ユイナが涙目になって取り乱し、噛みまくりで無理無理無理と頭をぶんぶん振りながら、必死にオレの腕にしがみついてきた。
しかし、近隣の街が危険にさらされるかもしれないこの状況で、気持ち悪いからと断るのは、さすがにオレには出来なかった。
ここはユイナに何とか納得してもらおうと、落ち着かせるように話しかける。
「いや、その、女の子が虫系の魔物が苦手なのはわかるんだが、この状況で断るわけにもいかないだろ?」
「ぁぅ……そ、その……そうだよね……」
ユイナも頭ではわかっているのだろう。
その優しい性格もあいまってすぐに納得はしてくれたのだが、見るからに凹んでいてちょっと気の毒だった。
「その、なんだ。そんな凹むなよ? ユイナは離れていてくれれば良いから。ブーストの効果時間も伸びてるし、オレ一人で何とかなるから」
ブーストの効果時間と呼んでいるが、要は全属性耐性向上の強化魔法の効果時間だ。
「で、でもぉ……」
「ブーストかかってる状態のオレに勝てる魔物がそうそういると思うか? だいたいの魔物なら魔剣の一振り、二振りで倒せると思うぞ?」
そこまで言ってようやく納得してくれたようで、少し涙目のままこくりと頷いてくれた。
「じゃぁ、リドリーさん。その依頼も受けさせて貰うので、詳細をお願いします」
こうしてオレたちは、『仮面の冒険者』としての初の依頼も、同時に受ける事になったのだった。
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当面、月水金の更新ですので、
よろしくお願いします<(_ _")>
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