【第40話:指名依頼】
ブレイドベアの討伐依頼をこなしてから、数日がたったある日、オレはユイナを連れて久しぶりに実家の領主館に顔を出していた。
今は、元々オレがこの間まで使っていた部屋で、妹のミミルと二人でアーグル茶を飲みながらここ最近起こった出来事や、オレの受けた依頼の話などをしていた。
ただ、ユイナはなぜかオレの部屋に入るのを遠慮したので、今は来客用の部屋で本を読んでいる。
前から読んでみたいと言っていたこの世界の物語の本を、父さんに許可を貰って何冊か借りたのだ。
だが、オレたちは別に実家に遊びに来たというわけではない。
まだ内容は聞けていないのだが、父さんからオレたち『剣の隠者』に指名依頼が入ったのだ。
それで父さんが仕事に区切りがつくまで、こうして時間を潰しているというわけだ。
今はミミルにねだられて、半刻ほど最近の依頼での出来事を話していたのだが、まだ冒険者になってそれほど依頼をこなしているわけではないため、今話していたブレイドベアの討伐依頼の話でネタも尽きてしまったのだが……。
話に区切りがつき、一段落したので二人でアーグル茶を飲んでいると、
「トリスお兄ちゃん?」
「ん? どうしたんだ?」
あらたまって何かを尋ねようとしているように見えたので、遠慮するなと尋ね返した。
「トリスお兄ちゃんは、ユイナさんとはどこまでいったの?」
「ぶふぅぅーー!?」
予想外の質問に、思わず口に含んでいたアーグル茶を吹き出してしまった……。
「もう! お兄ちゃん、きたないよぉ~!」
「いや、だってミミル、お前がいきなり変な質問するから……」
「え? なんで? その『ぶれいどべあ』って魔物を倒しに行ったのって、うちの領の外れなんでしょ?」
「あ……」
「あ?」
内心で盛大に「そういう意味かよ!」とツッコミながら、軽く咳ばらいをしてブレイドベアの討伐にいった場所を教えていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します。トリス様、ダディル様が執務室に来るようにという事でしたので、ユイナ様を連れて迎えに上がりました」
執事のセバステンがそう言って扉を開けると、ユイナが興味津々といった様子で部屋を覗き込んできた。
「ん? オレの部屋がどうかしたのか? 何も珍しいものなどないぞ?」
「へ!? い、いや、べべ別にボクはトリスくんの部屋に興味なんか、なな無いよ!?」
目を逸らしつつも興味津々といった様子でちらちら見ている気がするが、とりあえず父さんが呼んでいるようだし、ミミルと別れて執務室に向かう事にした。
~
執務室に入ると、大量の書類が置かれた机の奥で、まるで書類に埋もれるように父さんが何かの書類にサインをしていた。
あの討伐遠征にて甚大な被害を出したため、その後処理の仕事に忙殺されていると聞いていたが、本当に大変そうだ。
「あぁ、ちょっとだけ待ってくれ。もうこれで一区切りつく」
オレが遠慮なくソファーに席に座ると、ユイナは一瞬迷ってから遠慮気味に隣に腰をおろした。
それから少しの間、カリカリと父さんの筆を走らせる音だけが響き、
「ふぅ~待たせたな。セバステン、何か冷たいものでも持ってきてくれ」
そう言って、向かいのソファーに座って大きく伸びをした。
「父さん、一応、ここにいるのはオレだけじゃないんだからな……」
「あぁ、すまないね。ユイナ。ちょっと仕事が立て込んでいてね。たまにはこうして気を抜かないと体が持たないんだよ」
そう言って、悪びれる様子もなく、もう一度大きく伸びをする。
「い、いえ! ボクの事は気にしないでください! 全然、大丈夫ですから!」
しかし、ユイナは未だに父さんや兄さん、スノア様がいると緊張するようだ。
少し上擦った声で、慌てて答えていた。
「まぁいいです。それで、父さん。オレたちに指名依頼とか、いったい何があったんですか?」
父さんにはオレたちが仮面の冒険者だという事を伝えていない。
そう考えると、わざわざ依頼料の割高な指名依頼でオレたちに頼んでくる理由がわからなかった。
(父さんの性格からして、オレの援助のために指名依頼をだす何てことは絶対しないだろうしな)
そんな事を思っていると、
「なに、トリスたちに依頼を頼んだ理由は簡単だ。信頼のおけるものに頼みたい依頼だからだ。実はな、隣の領にあるソラルの街にミミルを連れていってやって欲しいんだ」
ソラルの街と言えば、オイスラー伯爵領の中ではかなりの田舎町で、農業が盛んな土地だったと思うが、なぜそのような街にミミルを連れていくという話になっているのだろう?
「ミミルを、ですか?」
「覚えているか? ミミルがまだ小さい頃、母さんに土属性の魔法の才を褒められたのを」
そう言えばミミルはオレと違って、扱える属性こそ土属性だけだが、初歩の魔法の扱いが上手く、オレはもちろん、比較的魔法の扱いの上手かったセロー兄さん以上に期待が持てると言われていたな。
「でも、母さんはスノア様と一緒に、王都に戻るって言ってませんでしたか?」
元々スノア様はライアーノの街に寄った後、そのまま別の街に行く予定だったのだが、先日の討伐遠征での事を報告するため、一度王都に戻り、そこに母さんも同行する事になっていた。
「あぁ、そうだ。だがな、本当は母さんはお前の独り立ちを見届けたあと、母さんがミミルを連れていく予定だったのだ。だが、スノア様と一緒に一度王都に戻る事になっただろ? それでお前たちに頼むことにしたのだ」
ようやく事の経緯がわかってきた。
だが、そもそもミミルがソラルの街に行く理由がまだわからなかった。
「そういう事なのですね。でも、ミミルの魔法の才があるのと、ソラルの街に行くのと何の関係が?」
「あぁ、そうか。トリスには知らせていなかったな。今、あそこには土属性魔法では右に出る者がいないとまで言われている『セルビス』婆さんがいるんだよ」
その名はオレも聞いた事があった。
確か、土属性魔法の扱いに特化した魔法使いで、戦いよりもどちらかと言うと農業用の耕作地の土壌を作ったり、治水工事で活躍して有名になった人のはずだ。
「えっと……つまり、ミミルはその『セルビス』さんに魔法を習いに行くから、オレたちが面倒をみつつ護衛も兼ねて連れていけば良いと?」
「そういう事だ。母さんのコネで一週間ばかり時間を作って貰えたようでな。お前たちにはその間のミミルの護衛と……ミミルが聞けば怒るだろうが、まぁ御守りをしてやって欲しいんだ」
なるほど。それでオレたちに指名依頼をしてきたのか。
ユイナもさすがにミミルには緊張する事はなく、妹のように可愛がっているし、最近魔物の討伐依頼ばかりだったから、たまにはこういう依頼も悪くない。
「そういう事だったんですね。まぁあまり依頼っぽくはないですが、喜んで受けさせて貰います」
オレが少し苦笑交じりにそうこたえると、ユイナもうんうんと首を上下に振っているのが見えたので、依頼を受けるのは問題ないようだ。
「良かったよ。正直、あまり知らぬ冒険者に頼むのも避けたいし、衛兵や騎士は今は猫の手も借りたいような状況だからな」
一番被害が大きかったのは冒険者なのだが、ギルドの協力により、他の街の冒険者ギルドで事のあらましが伝えられ、募集をかけて貰えたのだ。
それに加えて、この街まで来るのにかかる乗り合い馬車の料金を国が持ってくれたのが後押しになり、徐々にではあるが、冒険者の数は戻りつつあった。
だが、衛兵や騎士はそう簡単に補えない。
そのため、今はミミルの護衛に騎士や衛兵から人をさくのは難しいのだそうだ。
「それで、出発はいつごろなのですか?」
「まだ10日ほど先だ。その間、別の依頼を受けても構わないが、その辺りまでには終わらせておいてくれよ? では、出発の日時が決まったら冒険者ギルド経由で連絡をいれるようにする」
こうしてオレたちは、初めての『ミミルの御守り』を引き受ける事になったのだった。