【第34話:魔剣の囁き】
斬り裂いたはずの傷口が、瘴気によって覆われ、瞬く間に修復されていく。
攻撃するのが無駄だと言わんばかりのその回復速度に、正直驚きを隠せないが、ふと、むかし座学で習った知識の中に、この現象に似たものがあったのを思い出す。
「!? 最上位の魔物が持つという『瘴気修復』って奴か?」
ただ、瘴気修復だと思われたその現象は、少し思っていたのとは違う現象へと変化していく。
傷口を覆った瘴気が盛り上がり、受けた傷を修復したかと思うと、外皮のようなもので覆われ始め、次第にその大きさを広げていったのだ。
それは、まるでサイゴウという存在が、別のナニカに侵蝕されていくように見えた。
遠くで誰かが、
「く、喰われてやがる!?」
そう小さく叫ぶ声が聞こえた。
いや……事実そうなのかもしれない。
サイゴウの痩せぎすだった身体は、魔族化が進んだことで少し背が伸び、歪に骨が歪みこそしていたが、まだ人だった面影が残っていた。
しかし、まるで瘴気に喰われるように全身を覆われたサイゴウは、身体が二回り以上大きくなり、まるで御伽噺の挿絵に書かれているような、まさに魔族そのものといった姿に変化したのだ。
「西郷くん……」
とうとう人とは呼べないような姿になってしまった昔の仲間に、ユイナが悲し気な視線を向けていた。
しかし、今は躊躇しているような場合ではない。
明らかに先ほどより凶悪さを増しているサイゴウに、これ以上の何かに変化されたのでは、対応しきれなくなるかもしれない。
「悪いが、その変化は待ってやれないな」
立ち尽くし、覆う瘴気をより色濃くしていくサイゴウだったものに、オレは大きく踏み込んで袈裟斬りを放つ。
「なっ!?」
しかし、オレの渾身の一刀は、外皮に覆われた奴の振り上げた左手で受け止められた。
予想以上の強度に驚きつつも、返した剣で首筋を狙って今度は水平に振り抜くと、
「ぐろぉぁ!?」
やはり首は外皮が薄いのか、今度は斬り裂くことに成功する。
だが、それでもあまりダメージは入っていないようだ。
魔剣を戻すときに嫌がるように振るわれた腕は、凄まじい速度で、魔剣で受け止めるもその膂力に軽く吹き飛ばされてしまう。
「くっ!?」
しかし、今のオレにもその程度ではダメージは入らなかった。
空中でバランスを立て直して着地すると、一拍もおかずに再び踏み込んで逆袈裟に魔剣を斬り上げる。
その瞬間、まるで金属同士が打ち合ったような音を響いた。
「硬いな……だが、それだけだ!」
その攻撃は、奴の外皮に浅く傷を残すに留まったが、奴の振るった腕を今度はうまく掻い潜ると、前蹴りを放ってバランスを崩し、奴の視界から逃げるように側面に移動して、死角から力の限りに魔剣を横薙ぎに振り抜いた。
「ぐろぉぁがが!?」
今度は浅くはない傷を背に受け、そして、奴の動きを止める事に成功する。
「トリスくん! 下がって!」
その声を聞くと同時に跳びのき間合いを取ると、直後に光の矢が降り注いだ。
「ぎゅらがぁぁ!?」
言葉にならない叫びをあげるサイゴウだったものに、さっきの倍ではきかない数の光の矢がこれでもかと降り注ぐ。
そしてオレは、ユイナが稼いでくれたこの時間を使って、魔剣との魔力同調を試みる事にした。
なぜそのような事をしようと思ったのか。
(信じて……いいんだよな?)
オレ自身、頭がおかしくなったのかと思いもしたのだが、さっきから、魔剣がオレに何度もそうしろと、語り掛けてきている気がしたのだ。
「はぁ~……」
大きくゆるりと息を吐き、魔剣が放つ魔力を紐解いていく。
そして、その紐解いた魔力に、今度は自分の魔力を絡めていくと、徐々に魔力を同調させていった。
「呪いがなんだ……とりあえずオレが信じてやるから、今はその力を貸してくれよ! 良いだろ! 魔剣!!」
次の瞬間、魔剣とオレとの間に何かが繋がった気がした。
(これが魔剣との魔力同調なのか!?)
オレはその手に握る魔剣の輝きに目を奪われていた。
魔力が同調したと感じた瞬間、突然魔剣は禍々しい光を発し、輝きだしたのだ。
「これが……魔剣の本当の姿なのか……」
思わず口からこぼれたその言葉に、一瞬光が瞬いた気がした。
「そうか……これが……」
ちょうどその時、ユイナの放っていた光の矢が尽き、一瞬の空白の時が出来た。
オレは、その時の狭間に割り込むように踏み込むと、地面が爆ぜるのも後ろに置き去りにして、一瞬でサイゴウだったものの目の前に躍り出る。
「はぁぁぁっ!! これがお前の示した可能性、失われた剣技か!!」
逆袈裟に振りあげた魔剣で胴を薙ぎ、光の軌跡を残す魔剣と共に舞うように宙に躍り出ると、今度は空中でくるりと廻って、袈裟に魔剣を振りおろした。
宙を舞うように放ったその技の名は、失われた剣技の一つ『落葉の舞い』。
魔剣が、そう教えてくれた。
そして、この7年の成果を見せろと。
事実、オレはただ魔剣の奏でる調べにのるように、見えない軌跡をなぞるように動いただけだった。
着地と同時に轟音が鳴り響く。
足元はひび割れ、空気が悲鳴をあげるように震えているのがわかった。
そこには、いまだ魔剣から放たれた光の残滓がうっすらと宙を舞い、他には何も残っていなかった。
そう。サイゴウだったものは、あの魔族となった男の姿はどこにも無かった。
(いや……違うな)
数瞬の間だけ、消えゆく靄が見えた。
オレたちを苦しめた男の最期は、魔物のそれと同じだった。
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第一章はまだもう少しだけ続きますが、トリスたちの長かった
戦いは、ようやくこれで終わりです!(^^)
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