『In rubrum album』
ーー引き抜かれた黒剣が、天使の両翼を切り落とそうと凪ぐ。
『ーー…………。』
金属の鋭く高い音を鳴らし剣と杖が掠め合う。咄嗟に繰り出された杖が剣の軌道を変えた。
「くっ」
復讐者は恐ろしい速さで横切った天使に背を向けまいと素早く向き直る。エイン達の援護も簡単には通用しない。
(此の天使……今までの奴等とは少しだけ違う………?)
復讐者は一瞬天使の能力を見てそう考えるが、そんな事は関係は無い、と言わんばかりに戦闘態勢を崩さない。
「捌き切るまでだっ!」
戦闘態勢から、剣の力で脚力を得て目にも止まらぬ速さで天使の懐へ飛び込もうと動く。
『…っ!!』復讐者の行動に対して天使が咄嗟に光弾を飛ばしてきた。
「ちっ!!」復讐者は素早く剣を振り光弾を両端へ弾き飛ばす。剣に魔力を瞬時に帯びさせて弾く事で直接の被弾を防いだのだ。
…然し天使は動揺する筈も無く、薄っすらと微笑みを湛えた儘彼は杖を一振りした。
クリスマスツリーの様な形をした槍が復讐者へ向けて突き落とされる。
『上手く避けたね。君をツリーの星にしてあげようと思ったのに』
「血肉の星とはまた悪趣味な」
人の笑顔を愛する聖夜の天使が人を殺すつもりで聖夜を武器にするとはーー
復讐者は悪意の無い天使の言葉に態と悪意と皮肉を込めた言葉で返した。
(此れは……!!)
「ーー刮目しろ、聖夜の天使。お前の知る赤の対が、どれ程のものかを」
復讐者の黒剣の切っ先が蒼く染まる。
ーーもう同じ轍は踏まん。
復讐者が強く踏み留まり、構え、切っ先をもう一度天使へ向ける。
「お前如きに崩折れていたら、奴等が望む未来を止める事が出来ないーー」
ーーそして刀身が一気に蒼く染まって、収束した輝きが復讐者を軸に展開する。
『ーーこれが………』
先触れの蒼色に魅入られて心を抜き取られてしまった様に食い入った天使の金の瞳は輝く蒼を映した。
『真実の蒼色ーーいいや、違う。俺の知る青色じゃない。リナも、あの人達も、きっと持っていない色だ…』
そして天使は其の僅かな一瞬で全てを悟った。…己の実力、程度、存在。血の様に赤い理由と、選ばれなかった青色の意味を。
幾星霜叶わないであろう理想の未来でさえ、まやかしの形に過ぎないだろうと、天使の金の瞳は今の先を悟ってしまった。
『俺には、勝てないよ、リナ。』
愛おしむ神へ向けた其の一言が、全てを悟った彼を表していた。
(はは、情けないな、俺は)
諦めの中で天使が知ったモノ。
剣の蒼色の他にももう一つだけ、彼が見詰めた色。
きっと本人は気付いちゃいない。彼方の目映さに隠されそうな、黒い男のもう一つの色を。
嗚呼、其の眼ーー
ーー誰も辿り着けない至高の紫…………
僅かに寂しさを残したあの色。眩い蒼光は天使の身を掻き消した。
ーー天使との戦いが終わり、肩で息をする復讐者が其処に立ち尽くしていた。
「大丈夫ですかっ!!」
レミエが颯爽現れて、復讐者の傷を癒す。
「……。有り難う」
レミエは安堵の表情を浮かべるが、其処で終わってはいない。
まだ、残されている。
リンニレース。
厳密には、リンニレースの贋者。
ペールアによって創り出された、本物の模倣。
デインソピア。
星の乙女。
アンクォア……
そして此の塔の主、リンニレース。
ペールアの最後の守護者だろう。絶対に討伐せねばならない相手だ。
ペールアの思惑を現実にしてはならないし、世界を燃やし尽くされるのも止めなくてはならない。
何より…殺した筈のシーフォーンが蘇らせる訳にはいかない。
「…………」
先へ進む際に、復讐者は側に横たわる天使を一瞥した。
横たわる赤い天使から流れた血が白い地面に名を残す。
「Ros……?……赤い翼を持っている天使………もしかして此の天使の名前は……………………」最後の部分が形にならず妙に掠れた感じで読めなかったが、復讐者は浮かんできた其の文字こそ此の赤い天使に付けられた名か、或いは総称であると確信する。
Ros、で始まる言葉と、天使の容姿に何と無く思い当たったからであり、造詣が無かったら何の事か分かる筈は無かった。
先への道を進み続け、辿り着いた深部ーー頂上は、他の場所と違い外では無かった。
「あれ?」
オディムが颯爽、疑問を抱く。
「俺達が前攻略した塔って、焔の花?とかってやつがあった筈だろ?」
どうやら天井を見ているらしいが、其れらしきものが見当たらない。
「そう言えば、外に繋がる階段もありませんでしたよね……」
オディムに続き、サフィーも疑問視する。
「どうして?まさかこんな…聖堂みたいな場所が、頂上なはず………」
サフィーが全ての言葉を言い切る前に、天井の方から神々しい光が差し込んだ。
『…………!!』其の場に立つ全員が、上を見上げる。
ーーふわり、と血の様に赤い羽根が降り注いだ。
神々しく、壮大に、神聖的で、清々しくなる位に演劇的で。
「何か降りてくる……」
ゆらりと、ゆったりと、緩やかな様子で。
正しく、舞い降りる、という言葉がピッタリな程だった。
複数の赤い天使を侍らせ、囲まれ、支えられて立ち上がる。
静かな青い髪を揺らめかせ、ゆっくりと金を宿す紫紺の瞳を開いた。
其の顔は紛う事無き、女神リンニレース。
癒し女と呼ばれ、其の通りの力で癒し、救い、愛玩の獣を愛する様に人を愛した運命の女の一人。
司るのは衰弱と再生。
衰弱は突如に見せる精神の薄弱さに由来し、再生とは己が嘗て勤めた役目と容姿の元となる者の名前からであった。
唯一異なるのは髪位なものだろうか。彼女の髪は長くさらさらとしていた。薄めの青は深い冬の夜を孕んだ紺色に、まるで彼女が生み出した女騎士■■■により酷似していた。
今や其の彼女は宛ら天使達に囲まれる天上の女神か、或いは聖母の様に慈しみの表情を静かに向ける。
彼女の其の表情は侍る赤い天使一人一人に向けられた。喩えるならば一人の男を愛する女の様であり、愛する者に愛されているからこその絶対的な自信と愛と多幸感に満ち溢れている、そんな姿だった。
かの被昇天の如き光景が塔の最上部の広間で繰り広げられている。ーー然し本当の神聖さは其処に果たしてあるだろうか。
リンニレースに酷似している者が赤い天使達に向ける感情とは慈しみや無償の愛以上。…其れは、欲情に満ち溢れた「女」の感情である事は、既に誰しもが知っていた。
愛に狂う女ならば誰しもが持ち得る顔ーー好んだ男へ対して向ける甘くこそばゆい少女の恋の様で、或いは多情では無くとも狂ったが為に淫婦と化した女が向ける男への欲望の側面。
ーー…………淫婦。
聖母とは真逆の存在。乙女が隠した淫らな獣。
「清楚って何なんだろうな」
本当に、と言い切る前に復讐者が爆炎瓶を投げ付けた。
…すると、彼女を囲んでいた天使達が盾の様に立ち塞がって自ら爆炎を受け、形を失ってゆく。
「!!!!」
自発的に盾になっただと?ーー復讐者は牽制の為に投げ付けた爆炎瓶の爆炎を受けて崩れゆく天使の姿にぎょっとした。
「くそっ…盾にするなんて!!!」オディムが手持ちの全ての爆炎瓶を投げ付けようとするのを、レミエとユイルが止めた。
「駄目ですっ!!オディム君!!!!」
「え!?」
レミエの声によって既の所で止められた。
「…実は、其の天使達は………」
ユイルが言った其の言葉に、二人以外の仲間は驚愕の表情を浮かべた。
「まさか、そんな」
「……そうだったのか…っ………!!」
天使の正体を知った復讐者が、微笑みを湛えるリンニレースを強く睨んだ。




