『Misericordiae benevolentiae simulatione』
……「女神」と名乗っていた元人間の烏滸がましい連中がどれ程邪悪なのかは一度置いておいて、そろそろ大回廊の終わりが見えてきた。
最上へ繋がっていると思われる場所が視界に入る。
「あっちか…!」復讐者は銃を装填し直し走り抜けようとする。
ーー天使が襲い掛かってくる可能性がある為、一気に駆け抜けるつもりだ。
「道を切り開いてくださいね、復讐者」意図を察して、エインが頷く。
ーー想定の的中。塔の主の場所まであと少しの距離の為、一行を処断しようと天使達が次々と現れる。
「前の様にはいかん!!」復讐者が切り込む様に前へ走り行く。魔力をありったけ込めた弾を天使の心臓狙って撃ち、血の様に赤く燃える其の翼と首を報復者の剣で次々に斬り落としていった。
「駆け抜けるぞっ!!!!」復讐者の後に続いてエイン達も駆け抜けてゆく。一体、また一体天使が葬られると同時に道は赤く染まり、開けてゆく。
『リナの所へは行かせない…!!』
天使の抵抗も次第に激しくなってゆく。守るべき主の場所へ敵性存在が近付く事に危機を得たのだろう。ーー然し、復讐者は其の程度では止まらない。
強い報復、或いは復讐。…何方も同じ様なものだが、其の感情に突き動かされる様に彼は目の前の障害を取り払ってゆく。
「ーー…………。」
報復者の剣先から、僅かに燃える赤い血がぽたり、ぽたりと滴り落ちていた。彼等が走り抜けた其の後ろには、夥しい数の天使の無惨な屍と血の海が作られている。
大回廊の床も、壁も、柱も、透明な窓も、全てに血がこびり付いている。ーー全部、天使の血。
背の翼も血の中に溶ける様に手折られていた。
「片付いたぞ」滴る天使の血を払い、復讐者は剣を収めた。
「酷い光景ですね」背後を見回したエインが冷めた声で言う。
「酷いと言う割には随分と憐れに思ってすらいなさそうじゃないか」
「ひょー、はくじょーぅ」
慣れた様子で二人とエムオルは軽く遣り取りをする。
…オディム、サフィーは流石にあまりの凄惨さに閉口している様だった。
……其れでも前に進むしか無い。
「~きゃっ!!」
ぼふり、と誰かが復讐者の外套にぶつかった。幸いにも怪我に至らずに済んだ様だが。
「レミエさん~いけませんよ~」
何処か少し抜けた感じの声が振り向いた先の方から聞こえた。
レミエとユイルの二人だった。
天使に誘拐された筈だった彼女達が、どうやら無事に抜け出せたらしい。其の証拠に今二人は復讐者達と合流を果たしている。
大回廊の最奥で。
「~あっ!!復讐者さん!!大丈夫なんですかそれ!?そそそそ、それよりご無事でしたか!!?」
合流するや開口一番にレミエが気に掛けたのは復讐者の外套から血がぽたぽたと落ちている事だった。
「…………。大丈夫だ」撥水加工を施してある黒い外套をバサッと振り払って、こびり付いた天使の血を一面に払い落とした。
「うわぁ」相当量の落血にオディムが驚きを含めた複雑そうな声を上げる。此の血の全てがあの天使達のものであるのだから驚きを禁じ得ない。
「でも皆さんご無事で良かったです」レミエが朗らかな笑みを浮かべた後、一転して真逆の表情へ切り替わった。ーー真顔には近いが、至って真面目そうである。
「私、謝らなきゃいけないんです」
…何を言い出すのか、と言うつもりは無い。彼女の意図は何となく察していた。
「ーーごめんなさい。私ともあろう者が、自分の事ばかり。ユイルさんだけじゃない、皆さんのお気持ちに目を向けず、皆さんにも、ユイルさんにも、ご迷惑お掛けしました」
嘆息し眉尻は下がるが、自戒を込めたものだろう。
「独善的になっていたのは事実ですし言い訳になってしまいますが……きっと私は、其れが当たり前なんだと錯覚していたのかもしれません。ーー『親しき仲にも礼儀あり』でしたよね、親しさ故に自分本位になっていました」
「……。」
復讐者は少しばかり黙って考えてから、静かに口を開く。
「もう謝らなくて良い。レミエさん、自分自身で自分の過ちを自覚出来たのだから、此れ以上詫びる事は無い。結束を忘れないでくれ。私達は互いに生きている」
ーー例え"復讐"が彼等の縁を繋いだとしても。
目的は直ぐ其処なんだ。
だから此の場所での決着を付けよう。
昔からの因果に、一応の終止符は打たなければならない。
「だから行こう、二人共…」
復讐者がレミエとユイルの手を取り、二人を連れ塔の主の場所へと向かおうとした時、
「復讐者さん!!あそこ!!!」
サフィーが大きな声で叫び指を差した。彼女が差した方向から先程と同じ天使が現れる。
「ーーっ!!まだ残りが居たか!!!!」
天使が素早く飛翔し此方へ向かってくる。復讐者が剣を引き抜き天使へ黒い刃を向けた。




