『Angelus Rosso』
アルァ・クイン・リインニレア。癒神の庭。第四番目の白塔。
リンニレースの名を冠していると思われる此の塔が、ペールア迄の道程の壁と言えるだろう。
爆発によって復讐者の頭部に大きな損傷が与えられてしまった。
ーー目も当てられない程の状態になってしまった復讐者の頭部…寧ろ顔面までも。最早まともな言葉を話す事も叶わないだろう程に。
エインが慌てて倒れた彼の所へ駆け出したと同時に、足元に落ちる赤いもの。
ーーはらり。
はらりはらり。
数枚の赤色の羽が足元に落ちる。
ーー。
赤い羽根……!?
サフィーがぐあっ、と真上に視線を送る。
色板硝子窓から溢れる光明が其の実体の姿を隠す影を作り、逆光は彼等の人ならざる属性を際立たせる。
有翼の人間ーーまるで天使其の者とでも形容するべき姿が、復讐者達をどうやら見下ろしているらしい様だった。
「あれは…先程の……!?」
サフィーが知る限りの有翼の存在は、主に女神ーー特にシーフォーンとデインソピアの二柱のみで、追従者と言うより宗教上の主神に該当するが星の乙女だけの筈。
………だったのだ。先程「燃え上がり滴る、赤い翼の天使」を見る迄は。
其の有翼者の姿は確かに男性の姿であった。逆光で顔こそまともに見れないが、姿形からして先程見た天使と同一の姿である。
…其の有翼者は一瞬動きを変えると、途轍も無い速さで復讐者達の元へ飛んで来る。地面に近付いた時、其の有翼者はふわりと緩やかに地に降りた。
『…………………………。』掛かっていた逆光が途絶えて、天使の姿が明らかになる。純白に近しい銀の髪、憂いの掛かる金の瞳。唯一、背の翼が赤色である事だけを除けば明らかな程に見目の麗しい青年だった。
其れこそ正しく天使、とでも形容して良い程に。
そして彼は倒れている復讐者の傍へ近付き、其の顔へ白い手を伸ばす。
「!!…やめて!!!!!」
天使が何かをしようとしているのを察し、呆気に取られる一行の中で我先にエムオルが天使を妨害した。
『!!!』おっと、と言いそうな様子で天使は一歩退いた。
「おにーさんの頭を、ぐっちゃぐちゃになんか、させて、たまるか」
「おっ…おい!エムオル!!馬鹿、止めろって!!!」ツブ族の本能で天使がやろうとしていた事を見抜いたらしく、エムオルはオディムが抑えなければ今にでも天使の手に噛み付きに行きそうな程の怒りを見せた。
「何で其処まで噛み付いた態度取るんだよっ」
「ばか!ばかなの!?あんなバケモノ、見ためだけきれいで中身なんてドロドロしてる、じゃないかーっ」
復讐者の状態にエムオルも取り乱しているのか、やけに冷静なオディムやサフィーを余所にバタバタと暴れた。
だがーー
きっと此の中では、誰よりも怒りに満ちている人が居るだろう。
ーーチュインッ!!
金属が物凄い速さで飛んでゆく様な音が、目に見えない程の速さで天使の横顔を掠めた、エインの銃弾。
『……ーー。』
おやおや…と、或いはきょとんとした表情で、天使は白皙の頬を伝った一筋の赤に指を這わす。
頬に触れた所だけ、純白の手袋が赤色に染まる。そしてじわりと小さく染みを広げた。
「ーー……。腹立たしい。其の綺麗な顔を吹き飛ばしてあげましょう」
前髪がほんの僅かに隠すエインの蒼い瞳は、復讐者と同じ様に確かに燃えていた。
ーーふふっ、と天使が微笑む。
『愛に怯えているーー。なら、俺が君達の事を愛してあげよう。そして、一緒にリナの所へ行こう』
喜びに満ち溢れた声が双方に漂う雰囲気に相応しくない。
ーーのに、空間はまるで彼の為に用意された様にすら思えてしまい。
ばさりと翼を広げた天使は同じく両手を広げてふわりと浮いた。色板硝子窓が彼の光輪の様に照らし、僅かな逆光を作り出す。
そして天使はーー上天に「救い」を謳った光を打ち上げる。
『さあ俺の愛を受け取って!!』
輝く光が無数の矢となってエイン達に降り注ぐ。
「うわあああ!!」
「きゃああああっ!!!」
二人がエムオルを強引に引っ張りながら必死に身を隠して回避する中、エインだけは独り微動だにせずに立ち、彼はーー
『ーーっ!!』
ビシュ、と天使の左肩を撃ち抜いた。撃ち抜かれた部分から真っ赤な血が滲み出し、其の衣服を赤く染めて汚した。
『………っくう………………………』
天使は苦痛の表情を浮かべ、左肩の出血を抑える。
ーー対してエインは、彼らしくない表情を浮かべて、穏やかさとは真逆の、恐ろしくさえ思える微笑みを返す。
口元は大きく釣り上がり、
瞳の蒼い焔が揺れる。
「私がお前をブチ殺してやるよ」
そして彼の銃口は天使の頭蓋に狙いを定めた。




