『Nox est puellam de stella』
少年オディムがリプレサリアへやって来た頃と同時に、とある少女も此処へ来ていた。
「……………っ」
赤紫色の瞳の少女は、きっと顔を引き締めて、ーー彼女もまた、決意を胸に秘めながら動いていた。
然し機関内部は非常に広く、「目的」を達するには少々難儀していた。少女もまた、会わねばならない者がいる。
「…っ………何処に行けば……………」
少女はあまりにも広く大きな場所で、惑っていた。
「らん、ららーん、ふん、ふふーん、るる、るーん…」
少女の耳に小さな歌声が聞こえた。活気のある喧騒の中をか細く、だが何と無く耳を澄ませば聞こえなくは無い程には、少しばかり恥じらいのある声だった。
「…………あっ」
ぽゆん、と少女の足元に打つかってころんと転がった其れは、小さくて愛嬌のある小人だった。
「…………!!」
ぞっ、と顔を青褪めさせて、震えながら少女を見上げる必死そうな小人の姿を見て、少女はくすりと微笑んだ。
「迷ってるの…?」少女が屈んで手を差し伸べる。小人の小さな手が少女の指を優しく掴んで、小人はぼろぼろと泣いた。
「…エムオル、はぐれ、ちゃった」ぐずぐずとしながら一生懸命話して、小刻みに震えていた。
僅かに雪解けの青を含んだ白い髪が揺れ、同じ様に青を孕んだ琥珀の瞳が潤んでいる。
「迷子、なんだね。エムオルってあなたの名前?」
少女が訊ねると、ふるふると首を横に振って否定した。
「ぐず…わ゛たしのなま゛え、アムルア。エムオル、さがして゛る」
目の前の小人、改め、アムルア。アムルアはズビズビと鼻を鳴らしながら落ち込んでいる。其の姿を痛ましく思った少女は、ぱっと表情を明るく変えてアムルアの小さな手を取った。
「…じゃあ、一緒に探しましょう!!私も此処に来たばかりだからあまり分かってないの。だから、そういうのも兼ねて…ね?」
「う…うん」
少女の急な変わり様に少し戸惑いなら、アムルアは少女と共にエムオルを探す事にした。
ーー少女とアムルアが探し人?であるエムオルを探しながら、そして機関内を彷徨っていた頃。
向こうの方に一体の小さな人物が立ち尽くしている事に気付く。
「…ねえ、もしかして」少女が指差した方向を見ると、確かにアムルアは探していたツブ族の姿を其処に確認するのだった。
「エムオルー!!」
名前を呼ばれてアムルアの存在に気が付いたエムオルが、アムルアと少女の方を見遣る。
「んもー、アムルア、どこ行ってたの」
アムルアは嬉しそうにエムオルにしがみ付き、そして一緒に探してくれた少女にお礼を言う。
「ありーがとー、です」
アムルアの純粋な喜びが、少女の心に僅かに刺さった。
(……………………。)
ちくり、と。小さな破片が心の隅に、まるで己がこれからする行動を、引き留めようとする様に。
「?」エムオルの怪訝な表情が少女の中の焦りを僅かに捉えようとしていた。
「…あっ、私、もう行かなきゃ!!」
目の前の二人の小人の姿を見て不味いと思ってか、少女は一目散に其の場から離れていってしまった。
「……………………あっ」
少女が立ち去った後に、彼女のものと思われる落とし物にエムオル達が気付いて。
ーー……………………
…………
「……はあ、もっと道草を食べてしまうところだったわ」
あんな所で立ち止まっていてはならない。
「…私は、殺すのよ。………復讐者を、星の乙女様を殺した彼奴を!!」
少女の瞳に、暗い憎悪が宿る。
忍ばせた武器に、手を伸ばしぎゅっと握り締めた。
…………復讐者が回廊を歩いている。
(少年…オディム、と言ったな。彼奴は中々の奴に化けそうだ)
エインから渡された難民達の情報を見ながら、改めてとある場所へ向かおうとしている彼の事を、一人の少女が狙っているという事に気付く様子は無く。
曲がり角の影から復讐者の姿を見ている少女は、今こそ機会だと言わんばかりに見詰める。
(何かは分からないけれど今の彼奴は私の存在には気付いていない…機会だわ、今飛び出せば……!!!)
握り締めていた武器ーー"硝子の短剣"を、忍ばせた所から素早く取り出し、復讐者へ向かって飛び出す。
少女と復讐者の距離は次第に狭められ、そして少女は叫んだ。
「ーー死ね!!復讐者!!!星の乙女様と、デインソピア様の仇だっっっ!!!!!!!!」
「!!!!!!!!」
ぐあっと焦点は一点に、少女に集められる。
ーー回廊に、肉の引き裂かれた様な音が響き渡った。




