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Dea occisio ーFlamma florumー  作者: つつみ
Ara Rinnirea Kin(癒都白塔)
87/125

『Hedera complicatum ex antiquis』

『さあ行こう。リナがーー君を呼んでいる』

血と炎の赤い翼を持つ天使の青年が、レミエの手を掴んで連れてゆく。

「レミエさんっ…………!!!!」ユイルが反射的に立ち上がって、慌てて空いた手を掴み取った。



「…なに」

「手を取っちゃ駄目です、離しましょう!!ーーレミエさん、貴女は間違った道へ向かおうとしている!!!踏み外そうとしては駄目!!!!!」

ユイルが必死に説得をする。

然しーーレミエは応えなかった。


今の彼女は光を手放す様に、目の前の暗い誘いに応える様に、己の意識すらも手放そうとしていた。









レミエは応える事無く再び歩き出す。

「…!!待って下さい!!!!」ユイルがまた駆け出す。当然、天使と共に征こうとするレミエを止める為だった。

「…………止めないで、ユイルさん」

レミエの声が冷たくユイルの動きを止めた。

「……っ!!!?」



忘却の果てに追いやられていたであろう過去の記憶の濁流に飲み尽くされてしまった、"レミエ"の細やかな怨念がユイルを穿こうとしていた。

























「ユイルさんには分からないでしょうね。私の悔しさが」

「悔しさ………!?」レミエの口から突如として飛び出した言葉に、ユイルは戸惑いを覚える。

「そうですよ、悔しい。私だって、私だって好きなもの。貴女は知っているのに、さも自分こそ正統みたいな顔をして、」

矢継ぎ早に口走るレミエの言葉に、ユイルは彼女の状況を把握出来ない。



「私だって…好きだから………続けているのに…なのに…貴女は………言ってくれなかった…!!」

「レミエさん……?」

「私は傷付いてしまった、その時、最も!!!!」

レミエの叫びが、過去から呼び覚ます聲が、レミエを乗っ取り、心を折る。









「ーーユイルさんは、あんなにも酷く、私の心を掻き毟る!!!!」

掻き毟られた小さな傷は、じくじくと痛みの深度を増す。

































































ーー……ユイルは、静かに、沈黙に必死に無を乗せて黙る。

そして。









「私が貴女を傷付けた…!?」

ユイルの拳は、無意識の内に強く握り締められていた。



「…そうじゃないですか。あなたは、あなたは私を傷付け続けて。私の想いなんかこれっぽっちも」

後ろ姿だけの彼女の、其の表情は読めない。





「どうして!?私はーー貴女へ………」



「ユイルさんこそ!!!私がずっと抱えていた気持ちなんか何も理解(わか)りもしないで!!!!!」

「レミエ」達によってずっと押し殺されていた彼女の闇が剣の様な叫びとなって広間に響く。



ーーそして、彼女は泣いていた。

































「…"理解"……?理解りもしない、だって……?」

ユイルはゆらりと立ち上がる。

そして、彼女もーー叫んだ。




「"理解しろ"って言っても、初めから何も言わなかった貴女に言われたくはない!!!!!!!!」









ユイルの叫びに、彼女の魂が篭もる。

ビクッとレミエの身体が反応した。明らかに動揺している。

















「察しろとでと仰るんですか!!!只の「他人」でしかない私達が!!!お互いの心を!!察して!!!!!理解しろとでも!!!!!!!!」

ーー爆発する怒りと共に。

「どんなものであっても!!どんな事であっても!!相手を察せる程、察して思いやれる程!!!誰だって優しくは無いんです!!!複雑な想いを読み取って適切な言葉を返せる程人間という生き物は出来ちゃいないんですよ!!!!!…っレミエさんは!!レミエさんは!!!!大凡の人間には難しい事を!!!誰にでも押し付けるのですか!!!!!!!?」


ユイルは有りっ丈、有りの儘の全てを、溜めてきた言葉の数々を、一気に放出する。



叫びを上げるユイルにはもう何も分からなかった。

唯能動的に、或いは"()()"自身に突き動かされる様に、言葉を紡ぐ口が勝手に叫びを上げた。

































二人の間に、レミエを連れて行こうとしている天使が割って入る。

『……二人とも、争いは良くないよ?君…彼女の言葉を聞いたらいけない。聞くのはお止め。俺と行こう。こんな事をしているとリナが悲しんでしまうーー』

天使の言葉が言い切られるより早く、二人の手が素早く動いた。

「リナリナリナリナ!!リナトと!!!煩いっ!!!!」

「外野の癖に私達の問題に首を突っ込まないで下さいませんかっ!!!!!!!!」

魔力の篭った二人の平手打ち/拳が天使の顔面に綺麗に入る。

『リnァが、a、』

……どうやら二人の力が篭り過ぎてか、天使の顔がグチャッ!!と崩れた。無論、天使は顔だけ原型を留めずに其の場に倒れて動かなくなってしまった。

火事場の何とやらよりももしかしたら遥かに質が悪いのかもしれない。









































ーー其の後先手を打ったのはレミエだった。

「押し付けのつもりなんか一切無い!!!私は最初から!!私の儘だった!!!!!」

兎に角、羅列。有りっ丈羅列する。

「私の苦しさを!!!長く傍に居てくれた貴女なら!!!分からなくは無かったでしょう!!!!!!!!」

お互い親しくしていたのなら察する事位はーー

「だけど私の"想い"を貴女は知ってる筈だった!!!何度明星を見て!!!何度語り合いましたか!!!!!明けぼらけに昇る星の話を!!!忘れたとは言わせない!!!!!!!!」

一思い。

「そして貴女の掲げる夢物語を!!!誰もが称賛する其の話を!!!凄いと私も思っていても!!!だけど私の語る夢物語は!!!貴女の語るものよりも矮小で価値が無いとでも……っ!!!」

捲し立ては全てに乗せて。

想いを尊んだ聖女の言葉は、ユイルには確かに理解出来た。彼女も聖女と云う役柄、表に出せなかっただけで。だけど苦しさも悔しさも嫉妬もあったのかと。


ーー…然し。









「ならどうして私には貴女の其の気持ちを打ち明けてはくれなかったんですか!!!」

想いが堰を切っていたのは彼女も同じ。

「私…………私は……………………!!」レミエが沢山の涙を滲ませた小さな声と共に其の場に崩折れる。

視界のぼやけと反して鮮明になってゆく脳裏の全て。




ーー其れは遠い昔の自分が見せた完全な矛盾では無い。

"レミエ"が見せたあの出来事は、少しばかり表現が誇大な部分がありはしても、彼女が"ユイル"に相当する者へ対して報われない悔しさがあったのだろう。

其れは嫉妬や羨望だったかもしれないし、

諦めや願いだったのかもしれない。

大切だと思えても、たったの思い遣った一言が欲しかった。

ーー……"レミエ"の心が、今の彼女の中で復元されてゆく。




星都より以降、突如勢いを増して最古の己の記憶が復元されてゆくのを感じながら内側の神様の意識に呑まれている内に、何時しか完全な"レミエ"に変貌してしまうのではないかという恐怖に囚われた。

同時に復元の速度と、自分の記憶野の許容量が呆気無く圧し上げられて、記憶の混濁や錯乱を招いた。

…そして、彼女は己の心と記憶を守る為に自閉した。


「記憶の中に現れたユイルの存在」が己を脅かしてしまうと誤った判断の果てに、ユイルへの意識と存在に、僅かにズレを作ってしまいながら。
































…但し、一つだけ気付いた事があった。"レミエ"は"ユイル"を恨んではいない。

偽り無く、事実として「レミエ」の中に残っていた。

だとしたらーーと、レミエは己を、たった一人になった自分を、恥じた。




……今、此処に居るのは、聖女と護人では無くなり、たった一人の小さな、有りの儘を願った女性と、そんな彼女に親身に理解を寄せ果たし歩み寄り続けた一人の女性だった。






ユイルが察したのか、レミエにそっと近寄る。

「…………やっと、分かった気がします」ユイルはそっと彼女の両手を取り、そして優しく握り締めた。

「怖かったんですよね。……寂しかった、のですよね」

低く、なだらかな声がレミエの耳に届く。

「…………」

「無理しなくって良いんですよ。形が変わってしまっても、過去の様には出来なくなったとしても、私は貴女にとって親しい人の儘で居たい、普通のユイルなのです」

レミエが普通のレミエであるならば自分も同じ普通のユイルである、と彼女は語った。




ーーそして。

「其れに其処に転がってる天使だって私達の息が合わなければワンパンで倒せなかったでしょう。あれ、そんな簡単にはいかないものですよ」

傍に転がっている天使の亡骸を横目にユイルは小さく笑う。

「あ……それも、そうです…よね」レミエが納得した様な様子でユイルを見る。そして彼女は立ち上がり、改めてユイルの手を取った。

「ユイルさん、ごめんなさい。…私、混乱していました。そして一度だけ、ユイルさんの事を恨めしいと思ってしまいました。本当は貴女の事を全く恨んでなんかいなかったのに」

彼女は全ての気持ちを吐き出す。

「いいえ、誰にだってありますよ。私だって普段何も言わなかった。ごめんなさい。実は私もレミエさんご羨ましくって、恨めしく思ってた事もありました」

ユイルも改めて己の本心を語った。

















「私達ある意味同じなんですねぇ」

レミエが少しばかり嬉しそうに語る。

「そうみたいですね。ふふ」ユイルも同じく声音に嬉しさを込めて、苦笑した。


「待つよりも合流を目指しましょうか」

レミエの穏やかな声が二人の次の目標を定めて、そして二人は復讐者達との合流を目指して塔を登る事にした。

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