『Exercet penso』
ーー癒都白塔・不明地点
「うっ……………………」
抵抗した時に僅かに痛めた足が痛い。
ユイルとレミエは、白塔の中で目を覚ました。
「っ………レミエさん」ユイルがレミエの行方を探すと、彼女は直ぐ隣に蹲っていた。
ーー薄い、透明な壁一枚を隔てて。
極めて無機質な牢の中に彼女達は放り込まれていた。
「っ…!!」ユイルは辺りを見回して、そして己の其の後を振り返る。
天使によって連れ去られた後、塔の中へ吸い込まれる様に自分達は抱き抱えられて行った。…が、何処か辺りに差し掛かった時、
『リナがまだ待って欲しいらしいんだ。悪いけど君達には少し眠っていてもらうよ』
…抵抗へ対する対策のつもりなのだろうか。自分とレミエの両方が天使の妙な力に眠らされる。
意識が薄らいでゆく中、抵抗も、悲鳴を上げる事も、何も出来なくなった。
ーーそして、今ーー。
「何てこと…………」ユイルが無機質な牢の中で、必死に抜け出そうと模索する。
(復讐者さん達と合流しなくては…!!)
目の前の白い牢を揺らすも、頑丈過ぎてビクともしない。
隣の薄い隔たりを破壊すれば、とは思うもののレミエの方も同様で、横が行き来出来ても両者が助かるとは限らないしレミエを怖がらせてはならないと思って、其の手足が緩む。
(手詰まりか……………………)ユイルは仕方無く脱出を諦め、レミエとは少し距離を置いて其の場に座り込んだ。
(相変わらず蹲ったままか)
ふと隣のレミエを見たが、彼女は先程と変わらず蹲って座り込んだ儘だった。
「……………………。」ちらりとレミエの横顔が見えた、其の寂しそうな瞳が、ユイルの中にある遠い記憶を呼び覚ました。
ーー"レミエさん、どうかしたんですか?"
ーー"…何でも無い、です"
ーー"そんなに寂しそうな顔をされたら、誰だって心配しますよ"
ーー"ユイルさんが気にしなくても良いじゃないですか。其れに、他の人は関係無いですよ…"
ーー"……………………。"
ーー"…………でも、"
ーー"其れでも、其の不安を、貴女を気にした人が、貴女の意思を問わずに抱いてしまうんですよ…"
ーー遠い日の遣り取りを思い出した。
あの頃、互いの使命もあったとは言えそう上手くいっていた訳でも無く、例えるなら今ーー今の、二人の距離感に近かった。
親しくてきたとしても、自分の方から彼女に接触して繋がりを持っても、そうだった。とても…難しくて、大変だった。
旅をする様になってからレミエは何度もホームシックに陥り、寂しそうな顔をする事もあった。
今でこそすっかり慣れたのかもしれないがーー其の不安は、彼女だけのものかもしれない。でもユイルは彼女から伝わる不安を、己の心にも何度か抱いた。
…………ユイルは、透明な壁越しにレミエの近くへ寄って、そして一人語り始めた。
「…レミエさん、話を聞く位なら構いませんよね。私の戯言だと思って暇潰しにでも聞いて下さいな」
そう言えばあまり話していない、己の話。
亡国エフィサに生きていた、自分の話を始めよう。
ーーユイルは、昔を思い出す為にゆっくりと目を閉じた。




