『Mandet mutata subactis flamma』
ーー燃え上がる"世界"の中。中心に聳え立つ巨大な白塔の最も高い所に、彼女は居た。
「〜♪〜〜♪♪〜♪〜〜〜♪〜♪♪♪〜♪………」
赤く燃え盛る外を横目に鼻歌を歌いながら彼女は白いキャンパスに描写してゆく。
白いキャンパスは瞬く間に赤く、紅く、朱く、塗り潰されて染められてゆく。
荒唐無稽で粗雑そうに見えるが、前衛的な形を作り上げて真っ赤な花が描かれてゆく。
「…〜♪〜〜♪〜♪…〜♪♪♪〜♪〜♪〜♪♪〜」
炎の様にうねる赤い髪を揺らして、女は歌う。
私の大好きな皆…
笑顔の素敵なあなた……
私だけを置いて行ってしまった………
女の暗い瞳には光など無かった。
壊れた心に残るのは歪みきった女神への敬愛と忠誠と、復讐者への殺意と悪意と執着だった。
赤く紅く朱く燃え上がる世界はまるで彼女の激しい心を形にした様な様子であり、昏く渦巻く彼女其のものとでも言えそうな程の凄惨。
そして炎雨によって燃やされる人間達の悲鳴や黒く人の形を辛うじて成している塊達が一つの地獄を此の世に顕現させている様だった。
人が燃やされる光景を、
世界が燃え上がる光景を、
あらゆる物が破壊されてゆく光景を、
女神ペールア・ラショーは酷く嬉しそうに見下ろしていた。
「あぁ…燃えちゃえ、もっと燃えちゃえ、もっともっと、もっともっともっと!!」
恍惚的な表情と声が喜びの叫びを伴うや、更に上にある巨大な焔の花が赤く輝き炎の雨を沢山降らせた。
多くの炎が降りしきりまた世界を燃え上げると、ペールアはより恍惚し、悦に浸りながら其の身を厭らしく震わせ捩った。
「ああぁ…♡イイ……老若男女の叫び声が私の耳に届く度、私の脳が掻き回されて満たされてゆく…こうじゃなきゃ駄目ですよね…シーフォーンさんが一緒だったら良かったのに…♡」
ペールアは脳裏に女神シーフォーンの存在を描く。脳裏に描かれた彼女の蠱惑的な囁きがペールアの脳を更に蕩けさせる。鮮明な女神の姿と声にペールアは跳ね上げそうな程に歓喜し、快感に打ち震えた。
上気したペールアの頬は恋をする乙女にも勝る程赤く染まり、僅かに潤って艶を帯びた唇からは吐息が漏れる。
「はあ…、はあ……ああ、ああ!!シーフォーンさん、シーフォーンさんっ!!!やっぱりシーフォーンさんは綺麗な人、幼い童女の姿になったシーフォーンさんのあどけない姿も声も瞳も、女性としてのシーフォーンさんの振る舞いも可憐さも何もかも!!…シーフォーンさんの全部!なんて素敵!!!」
彼女にとって最も敬愛しているのは自身が仕えていた主、シーフォーンではある。だがペールアはシーフォーン以外の女神へも敬愛し忠誠していた。
其れが、今や此の様である。
最も敬愛すべき主君である女神と忠誠を誓っていた三人の女神を喪った事で、元々鬱気質であった彼女の精神は壊れ、倫理も何もかも全てを放棄してしまった。
寧ろ此れ迄でこうならずに済んでいたのはある意味奇跡だったのかもしれない。…彼女には女神に成り得るであろう残忍な素質が元々備わっていたのだから。
そして、彼女が此処まで狂ったのは一人の人物が関わっていたーー
外套の青年、謎に満ちた此の人物が彼女の中にある女神になる素質を芽吹かせたのである。
ペールアに植え付けた憎悪と悪意。
ーー寧ろ、彼はただ切っ掛けを与えたに過ぎないのかもしれない。
死んだ主君の回想に身を震わせ快楽に浸るペールアの耳に、カン!カン!と階段を上がる複数の音が聞こえた。
ーー人間だ。自分を"世界を再生させる救いと奇跡の女神"と敬う、愚かな人間の集まり。
然し他の連中と比べれば、遥かに使い勝手の良い「道具」だ。自分の言葉を率先して聞き実行する。そして自分の為に喜んで死んでくれるし、肉の盾にもなってくれる。
ただ焼かれて死んでゆく奴等よりも、優れている。
でも所詮は愚かで醜い人間。自分が認めた者じゃ無い限り価値なんて豚よりも低い。
「ペールア様、」
恐らく、此の信者達の長と思われる男が彼女へ拝謁する。
「"例の"人物についてですが、支度が整いました」
男はペールアを前に跪き頭を垂れた儘、じっと動かない。他の者達も頭を深く下げている。
「………そうですかぁ、じゃあ、もう連れてきてるんですよね?」
ペールアの低い声が信者達の耳に届いた後、信者達より後に、信者達の姿とは異なる服装に身を包んだ人物がおずおずと出て来た。
「…あの、その………すみません、ごめんなさい…」
声からして女性である様だが、肝心の声が小さく控えめだった。
「あぁ……………似合ってますよ、■■■さん」
ペールアの黒い瞳に、僅かに光が宿った。




