『Pallidus salutis』
復讐者の油断。其の一つが彼の命運を左右した。
敵である天使の一体に見付かってしまった。だが、殺戮の対象として此の場で殺される訳にはいかない。
…………が、不思議な事に天使は復讐者に何もしない。変わらぬ微笑みを向けた儘此方を見ている、
「ーー、」復讐者は妙な振る舞いに僅かな違和感を持った。
そして復讐者は其の機会を敢えて対話に消費した。
諦めたつもりでは無いが、抵抗に失敗してどうせ屍者達と同じ様に殺されるならば、と。
「……神様とは、誰の事だ?」
復讐者はやや緊迫した状態ながら天使に問う。
『神様………。リナの事だね』
「リナ…とは」初めて聞いた其の名前に復讐者は名を口にした。
『リナの事を知らないんだね?俺達の神様さ。彼女がそう呼んで欲しいって俺達に言ったんだ。だからリナ。俺達の神様、再生の名の女神』
相変わらず微笑みを絶やさない…………
復讐者は其の気味の悪さに不快を得たが、どうも「リナ」と云う人物が天使達の神様らしい事は判明した。
「ではもう一つ問おう。屍者の殺戮はそいつが望んでいる事なのか」
復讐者の問いに、天使は一瞬だけ眉尻を下げて、そして僅かに不愉快そうな表情を浮かべた。
然し直ぐに元の微笑みに戻って天使は話す。
『ーー殺戮だなんて酷いな。此れは救いだよ。救済なんだ。大いなる愛を受け取れない…迷える人達の為にやっている慈善行為さ。勿論、リナが望んでいる事だよ』
目の前の天使は言う。
「ーー殺戮が救いだと?ふん、反吐が出る。女神のやっている行為と何ら変わらんではないか、自分達の悪行を正当化しすり替えているだけの」
復讐者は態と悪態を吐き、目の前の天使の動きを見る。
…一瞬だけ変えた表情を見逃しはしなかった。天使には他の感情が備わっている可能性があると判断したからだ。
もし其の通りならば、天使は逆上して感情の儘に攻撃を始めるだろう。そうなれば復讐者の狙い通り適度に攻撃と後退を繰り返して上手く逃れられるかもしれない。
幸いな事に場所的な要因も相俟ってか、此の天使のみにしか自分の存在は悟られていなかったらしい。
復讐者の銃口は天使の両目を定めて撃ち貫いた。
ーー失敗。天使の身の熟しは矢張り速い。
『怯えるのはお止め。…君の事も救ってあげるよ』
目の笑わない笑顔。
二枚の血炎の羽が銃弾の様に飛ばされる。
「くうっ!!」間一髪で回避したが、此方の弾速と何ら変わらない速さで迎えられては何時かはまともに喰らうだろう。
ーー更に不幸は重なって、後側は大きな壁が聳え立つ。
(不味いーー)
壁に追い詰められたら天使から逃げは出来なくなる。更成る危難を回避するべく復讐者は壁を駆け上がって天使の顔を蹴り飛ばした。
「!!?」
『やっと来てくれたんだねーー捕まえた』
天使の微笑みは狂った喜びに満ちた。
…足首を捕まれてしまう。幸い両の手は自由だ。銃形に変化させた黒剣を持って二つの銃で天使の顔面を撃つ。
(やれたか?)
もうもうと魔力の煙を上げて身動き一つも取らない天使をちらりと見たが。ーー望んだ答えを導き出す事は叶わなかった。
『またこんな事をするなんて本当に酷いな、君は。そっちの銃は…少し痛かったなぁ。ーー俺はその程度じゃ殺せないよ』
銃化した黒剣より撃ち出された魔力弾によって頭部が潰されても尚、天使はにこりと微笑みを絶やさなかった。




