『Sicut alacritas consecuta est, leve est』
女神を退けた其の先に存在している道筋。確かな頂上へ繋がる場所であり、そして最終目標にして地点である焔の花まで向かうのに必要なもの。
其の道が白壁よりも高く、高く燃え上がって行く手を阻んでいる。
復讐者は上を見上げるが、飛び越える事はほぼ不可能だった。
(かと言ってレミエさんを頼る訳には…)ちらりとレミエの方へと視線を向けるが、あまり無理はさせたくないと言うのが彼の本音だった。
(……レミエさんの力は強力だが精神力を相当消費するし、酷使し過ぎれば大きな疲労を伴うと聞いている。…エインやエムオルでは消せないし、オディムとサフィーに至っては消す以前だ…)
此の場に居る者の中で炎と対極の能力を使える者はレミエと復讐者の二人位なものだった。
然し復讐者にも問題があった。
ーー追従者クロルの力のみが消失している事。残念な事にディーシャーの氷の力では相殺すら叶わない。
「ちょ、ちょっとやってみます」レミエが勇み足で前に出て、両の手を翳す。
すぅ、っと息を吸う。
そして彼女はーー緩やかに息を吐く様に翳した手から水の奔流を呼び寄せた。
彼女の手から。…否、其の手が不可視の水門を開き、其処から水を引き出しているのである。
「炎よ消えろ……………っ」レミエが懸命に呼び水を炎へ向けて放つが、燃え上がる其の壁は消えない。
「…はぁ。やっぱり、駄目みたいです」
レミエの少ししょもっとした落ち込み具合からしてどうやら消せなかったらしい。
はてどうしようか、と一行は炎の壁からやや距離を取った場所で話し合う。
諦めちゃあお終いだ、と数人の言う言葉の通りだ。
大真面目に悩み、考えて、そしてサフィーが思い立った様に炎の壁の近くに立った。
「………もしこの壁が女神アンクォアの炎だとしたら」
サフィーは語る。
「水で消せない炎なら、同じ位強い炎かそれ以上の炎を当ててみる。どうでしょう?」
「成程。同じ力でも出力元の規格が異なるなら相殺に持ち込めるかもしれん」
サフィーの理論に肯定を見せる復讐者は、自分自身に存在するアンクォアの力を強制的に引き出し、黒剣に収束させてーー
ーー目の前の炎の壁に精一杯ぶつけた。
「うわああっ!!!!!」衝撃で小さな火が一行の方へ飛んでくる。
瞬間…閃光、焼熱、燃え滾る熱い風が周囲を渦巻きーーそして炎の壁は小さな星の終わりの様にぱちっと消えた。
相殺に成功したのである。
「やったぁ!!」オディムとサフィー、エムオルが喜ぶ。開かれた先の道をエインとレミエの二人が見据え、復讐者は剣にこびり付いた残火を払った。
そうしてーー彼等は階段を上がってゆく。
ーー…荒涼とした地の上に高く聳える最も大きな塔を遠くに、廷の上に建つ女神の白い塔。
空は暗く、灰が舞う。
聖都や星都で見た、同じ様な光景。
復讐者は何度目かの溜息を吐いた。
「また、焔の花を絶やさなくては」振り返った先に大輪の花を咲かせる焔の花があった。彼は、根を断ち、花を朽ち果てさせるつもりで黒剣を構え直す。
ーーが、其の瞬間に上空から凄まじい圧を感じて、一行は遥か上空を見上げた。
ーー凄まじい圧の正体は女神の持つ神威であり、恐ろしい熱さの炎だった。
激しく燃え上がる炎の翼を背に、女神態のアンクォアに酷似した女性が空に佇んでいる。
そして彼女が途轍も無い速さで一行の居る烈都白塔の頂上へ飛び向かって行き、彼等の間を隔てる様にゆっくりと彼女は降り立った。
着地と同時に、全てを吹き飛ばしてしまいそうな風圧が一行を襲う。
「…………………………」アンクォアに酷似する女は他の贋者達に同じく生気を失い、そして一部は色すら灰の色と失われていたーー。
そして、彼女は有無を言わさず炎の翼を手に収束させ、女神アンクォアが携えていたあの巨大な大剣を練成する。
「……贋者だが、引き締めていけよ」
ペールアの時の様に警戒が最大となった時、彼等は各々の武器を持ち直した。




