『Occurrens』
避難してきた者達が其々再会を喜び合いながら更成る活気に満ち溢れていた頃、一人、少年が勇み足で進んでいた。
「……………………」少年の瞳は力強く、一つの決意と共に何処かへ向かっている様だった。
「……………………!」
そして、少年は一つの扉の前に立つ。一度僅かばかり震えたが、両足をしっかりと立たせ、ゆっくりと扉に手を掛けて、其の先へ進むべく開いた。
「…エインを通せ。無用の客人は招いていない」
冷たい復讐者の声が少年を突き刺す様に響いた。銃口が額に当てられ、少しの挙動すら許さない。
其れでも少年は怯えず、低く、静かに言葉を発した。
「俺…アンタに会いに来たんだ」
「ほう?」銃口を突き付けられ、命の危機に直面しても怯えぬ少年の言葉に関心を持った彼は、銃を下ろす。
やや緊迫した雰囲気こそ少年から感じはしたものの決意を秘める琥珀の瞳を見て、少年の話を聞く事にした。
「無用では無い事は分かった。話してくれ。君の話は何だ?此処に来た理由は?」
理由を持って訪ねに来た者へ、彼は暗い蒼色を覗かせる。
「……俺ーー俺は…………アンタの噂を、聞いていた。ーーミストアルテルで」
「ミストアルテルのあちこちで聞いていたんだ、"女神や追従者が次から次と殺されている"って。神出鬼没の黒外套の人間が殺しているって」
少年の声は静かに語り出す。
「…"神出鬼没の黒外套"で、私の事だと思ったのか」
「いいや。アンタだとは思ってなかった。でもーー」少年は首をふるりと横に振り、そして一度口を噤んだ。
「でも?」復讐者は少年へ問う。
「ーーでも、俺、何と無く確信したんだ。ミストアルテルに来た流れ者の傭兵を見てさ、"あの人が噂の人間なんじゃないか"って」
「ほう…」復讐者は表情を僅かに変える。内心では少年の勘の鋭さに空恐ろしさを感じずにはいられなかったからだ。
少年からは「野生性」に近いものを復讐者なりに感じていたのだ。所謂「野生の勘」というものなのかもしれない。
「ーーいや大したものだ、君の勘は鋭いんだな。其の"流れ者の傭兵"ーー私だったよ、ツブ族の魔術で姿を変えていたんだ」復讐者は傭兵の正体をあっさりと打ち明ける。
「正体を悟られない為に?」少年は驚きで目を大きく見開いて訊ねた。
「そうだとも」復讐者はゆっくりと頷く。
「……だが、其れだけでは無いんだろう?君が此処に来た理由。本当の動機があるじゃないか」
復讐者の長い前髪越しに蒼い瞳が僅かな輝きを孕んだ。
「…………」少年は俯いて暫し沈黙し、そして顔を上げると、復讐者に近付き強く握り締めた拳を卓の上に叩き付けた。
「俺……俺は…………女神なんか大っ嫌いだ。特にシーフォーンが大嫌いだった!!……彼奴は、彼奴は!!たった一人だけの俺の爺ちゃんや、貧民窟に居た友達を……「生きる価値の無いゴミ」だって笑顔で言って、そして殺したんだ!!!凄く嬉しそうに、楽しそうに…っ!」
少年の声は時にか細く怯えた様な声音で、そして時には強い憎悪を孕んだ怒りの声で、復讐者を訪ねた本当の理由を語ってゆく。
「貧しいって理由だけで俺の家族や大切な人達を奪っていったんだ!!だから俺は復讐してやるつもりで、独りぼっちになっても必死に生きてきた!!…でも、独りじゃ女神なんか殺せない。だから、だからアンタと一緒ならって俺は思ったんだ。結局叶わなかったけれど」
「でも実際は女神が全員居なくなったんじゃなかった、新しい女神が生まれて、そして世界はもっと酷くなったーーでも俺は生きた。アンタにちゃんと会って、今度こそ一緒に戦う為に」
少年の琥珀の瞳に大きな決意が輝いた。
「復讐者さん!!俺、戦いたいんだ!!!"女神"って存在を此の世から完全に無くして元の世界に戻したい!!爺ちゃんが話してくれた「女神が現れる前の世界」を見てみたい!!!あんな奴等の所為で此れ以上大切なものを失くしたくないんだ!!!!!」
「…………、」復讐者は呆気に取られた様な表情で、少年の言葉を聞いていた。
ーー少年の眼差しに遠い昔の自分自身を思い出し、そして静かに重ねた。
理由こそ異なるかもしれないが、「同じ存在に大切なものを奪われた」、たった一つの共通点が、「奪い去った者への強く激しい憎悪、怨念」という繋がりが、復讐者の口から次の言葉を引き出した。
「……少年、君の名前は?」
名を訊ねられた少年は、何時もの声音で己の名を出した。
「…オディム。ミストアルテルのオディム。肉親も、友達も、もう居ない」
悲哀を憎悪と決意に変えて。
少年は組織に与する叛逆者の一人となったーー




