『Et Amurua Sakumo』
ーー時は少しばかり振り返り、問答が終わった後にも関わらずサクモの身柄がまだ拘留中であった時の事だった。
「うっかりやちゃん」
サクモの前に、白い小さなツブ族が現れたのだった。
「ひぇ…ツブ族………!!!」
サクモはツブ族の姿に再び怯え始めるが、其の小さなツブ族はなんもしないよーとサクモに近付いた。
「な………何にも、ほんとに、何にもしないんですよね???」
「しないー。アムルアは、うそはつきません」
自分を捕えたツブ族より小さな其のツブ族に、サクモは恐怖を緩めた。
「ねえうっかりやちゃん」
アムルアは問う。
「うっかりやちゃんは、どうして、わるいめがみさまのいうこときくの?」
此れは単純かつ純粋な、幼いツブ族らしい疑問だった。
聞くにはあまりにも直球過ぎる此の質問が、思いの外サクモ自身を苦しめた。
そして此の質問が、後の彼女自身に影響を与える事になるとはきっと予測していなかっただろう。
女神も、彼女自身も。
「そ…れは……………………」
サクモが問答に悩み抜く。
「うっかりやちゃんはわるいめがみさまといっしょに、せかいをだめにしたいの?」
「そ…そんなんじゃ……無いです……………」
でも、自分のしている事はそういう事だ、と。
サクモは答えようとして、言葉に詰まる。そう吐き捨ててしまえば小さな悩みで済むし、直ぐに解決する事だろう。
だが言葉が出せないのだ。彼女は、彼女自身が何の為にペールアに加担して何故こんな愚かな事をしているのか。
単純に「死にたくなかった」で片付けても良いのだろうか。
眼前の小人の言葉は本来の空っぽの自分に対して向けられている気がして、だからこそ彼女は言えなかった。
「世界を駄目にしたいのか」という言葉に対して否定は出来たがーー矢張りサクモは、自分の存在している意味が実はあやふやなのだという事を再認識して、本当の目的を持たねばならない事と善悪の一切合切を選択する必要に迫られている事に気付いた。
だからーー
「おいアムルア、何をしているんだ。エムオルが呼んでいたぞ」
「あっ、そうなの?エムオルがよんでたのかー。そっかー、しかたないやー」
扉から復讐者が出て来て、サクモは己の身柄が解放されるのだと悟る。
…其れと同時に、現状に変化が生じた事を彼女は安堵した。己の生きている、存在する意味とアムルアの言葉と、そしてペールア、女神の灰。あらゆる事が彼女の脳内に渦巻いて戸惑いばかりを作り出していたからである。
「もう自由だ。君自身に危険性は無いと我々で判断した。………我々の判断が迂闊では無い事を願うよ」
眉を少しばかり顰めながらではあったが、彼は言った通りサクモの身柄を保障してくれた。
思いの外律儀だ、と彼女が感じたのは大体此の辺りである。
身柄の自由を約束されたサクモが立ち上がった時、アムルアが一度振り返って、
「じゃあね、うっかりやちゃん」
…とだけ、サクモに告げて立ち去って行った。
「…………あのツブ族の子、私の名前ちゃんと読んでくれなかったな」サクモは何故かがっかりした様子で、次第に小さくなってゆく其の後ろ姿を見送っていた。
「何ぼーっとしているんだ君は。早く出ろ、君は機関員じゃ無いから何かあったらどうする」
復讐者にそうせっつかれてサクモは慌てて歩き出す。復讐者がサクモから付かず離れずの距離で同行している状態の儘で。




