『Equites uri』
…星都の件以降、一悶着は無かった訳では無いが、特に深刻な出来事も発生せず敵情についての最新情報も舞い込んで来なかった為、リプレサリア全体は束の間の平和を謳歌していた。
「いらっしゃーい!!良いモン入荷ってるよー!!!」
商人の声が広場の喧騒に彩りを与える。活気が其の場に展開される。少年も少女も、老人も若人も、皆制限のある環境ながら何とか団結してやっていた。
(平和……こんな日々が一日でも早く戻って、こんな風に過ごせれば良いのに…………)
ユイルに頼まれて休息中の補給物資を買い込みに来ていたサフィーが、そう思う。
(こういうのが本来の世の中なのね。私が知っている世界の在り方ってちょっと可怪しかったんだ…………)
そして同時に、嘗て己が過ごしていた世界の異質さに気付いて、彼女は少しだけ失望した。
「だけど…"少しだけ"しか失望していないんだ……私…まだ…………」
サフィーの小さな呟きは周囲の喧騒に掻き消える。
己の中でまだ、星の乙女へ対する信仰者としての情を捨て切れていないのだと理解し、少女は自己嫌悪を胸に小さく抱いた。
ーーより向こうの方で、一層ざわめきが立っていた。
サフィーが其の様子の明らかな違いに気が付いて、彼女の中の興味が一番を占めた時、其のざわめきの正体が判明した。
「急げー!!!怪我人だぞ!!!!!!!!」
野次馬達の中に居る男達の声が広場によく通る。
「たすけ、て。助けて、早くしないと、しんじゃう」
と、泣きながら後を追うツブ族の姿が其の中にあった。
「え……!?」サフィーが抱えていた物を驚きのあまり落とし、そして無意識の内に其処へ駆け走った。
そしてサフィーは容態の重いツブ族の姿を見て思わず小さな悲鳴を上げた。
…酷く、酷く、全身の多くを熱傷で覆われた痛ましい姿が其処にあったからだった。
広場に少女の必死な叫びが響く。
「は……早く!!医務室に連れて行かなきゃ!!!!!」
「…偵察隊の損害状況はどうなんだ」
復讐者が緊急招集を掛けてレミエを除いた仲間達を呼んでいた。
エインが手渡された書文を見ながら話してゆく。
「損害状況については偵察隊の半数以上に渡ります。損傷を受けなかったツブ族からの報告によりますとーー部隊は東側より突如現れた燃え上がる騎兵による襲撃を受けたとの事」
「"燃え上がる騎兵"?」
炎…ーー女神ペールアに関係のある存在だろうと思われるが。
「そうみたいです」
「外見は」
「外見は馬上槍を持った燃え上がる全身鎧の騎士らしき姿の者が、同じく燃える赤い馬に乗っている姿だった…のだとか」
「個体補足人数は」
「ツブ族の話によれば8体程だった、と」
淡々とした口調で両者は遣り取りを交してゆく。
「所でレミエさんは?」オディムが場の雰囲気を気にしつつ此の場には居ないレミエの事を気に掛けた。
「レミエさんなら傷病者の治療の為に医務室に居るぞ」
「あの…私…お手伝いに行っても宜しいでしょうか」
恐る恐る、サフィーが手伝いを志願すると、復讐者はたった一言「行って良いぞ」とだけ告げて、そして報告書に目を通し続けていた。
「どうします」
「急事態だからな………情報が少し不足していてどうも…」
騎兵の正体と対処に考えあぐねている復讐者の耳に、此れまた思わぬ情報が飛び込んできたのは、今から5分後の出来事であった。




