『Nostalgic amicus』
ーー多くの人間達が身を寄せる中、新たにやって来た複数の馬車の一つから、見知った人物が降りてきた。
やや緑掛かる暗い金の髪を、少しだけ伸びたのか小さく束ねていた。深緑の双眸を開き、見るからに穏やかな人物であると感じられるであろう其の人は、嘗て聖女レミエと苦楽を共にした者であった。
「ユイル・ユーディルナ…さん、ですね。迎えに上がりました」
「ああ、有り難うございます。えっと…貴方は……確か、エインさんでしたっけ」
凪風に少し伸びた髪を揺らして、ユイルは戸惑いながらも相手の名を呼んだ。己を迎えに来てくれた者の名を間違えては失礼だ、という訳で彼女は訊ねた。
「ええ。はい、そうです。ようこそリプレサリアへ。お待ちしておりました。どうぞ此方へ」
客人への定型的な振る舞いを見せながらエインは辿り着いたばかりのユイルを案内する。
ーー其の道中、ユイルは僅かばかり視線を送った一室にレミエの姿を確認し、彼女へ声を掛けた。
「レミエさん…!!」久々の再会に喜びを溢れさせながらレミエへ声を掛けたが、対するレミエの反応はやや暗く、そしてあまり芳しくない様子であった。
何処か、余所余所しかったのである。
「…………?」レミエの妙な余所余所しさに、ユイルは小さな違和感と不安を覚えた。
然し立ち止まった其の後直ぐにエインに声を掛けられ、振り直ったユイルは何も言わず立ち去っていった。
ーー…視点は変わって聖女レミエ。彼女は、戦友との再会を喜んでいたが、どうも素直に喜ぶ事は出来なかった。
「………………………」
聖女は一室の窓辺から外を眺める。自身が座る小さな椅子と、簡素な寝台、照明、卓。最低限のものだけが揃えられた殺風景な部屋の中で、彼女は静かに思案する。
此の再会を素直に喜べないのは、きっと…………
ゆっくりと閉ざした瞳。瞼の裏に描かれてゆく光景。
…炎が延々と燃え続けている。老女の嘆き、幼子の叫び、壮年の男の、怨嗟の篭もる咆哮。
エフィサだ。友であるユイルが生まれ育ち、軍人として生きていたあの国家。女神の怒りに触れて滅亡の一途を辿った事はレミエも知っている。然し彼女の瞼の裏に描かれているエフィサは数十年程前に滅ぼされたエフィサとは異なっていた。ーーでは何が違うのだろう?街並み?人々?其れとも…
此処の所最近になって、自身の記憶が多重故に混乱を招いている事に苦しむ様になった。たった10年、然しされども10年の歳月。唐突に浮かぶ記憶の光景に何度戸惑い、触れて揺らぎ、沈黙した事だろうか。
思案の果てに得られたものは「過去の自分」が生前に辿った、此の世界の過去の出来事と、そして自分の生涯の視点であった。
だからこそ彼女は内々に処理を進めながら、でも惑う度に苦しんだ。
故にユイルとの再会を素直に喜べなかった。
彼女に纏わるものへ対する一つの罪悪感の他に、彼女へ対して、漠然とした嫉妬、感謝、友好、羨望、……様々な感情が複雑に絡み合っていたからだった。
其れを、「聖女という立場」という理由から必死に留め、抑え、落ち着かせていた。落ち着かず忙しなく走る焦燥の様な感情を抱えて。
(いけない…駄目。しっかりしなくては)
迫る心象に相反する様に存在している、彼女の記憶と立場。
彼女自身もまた蘇った魂の記憶に苦しみ、そして記憶の霧に惑い続けている。
ーー靄は小さくとも、軈て其れは次第に増幅されてゆく。




