『Re vera erat, quae simul DUBIUS』
「はい。有り難うございます。ご心配お掛けしました」
夕暮れが窓辺から望む回廊の中で、サフィーは独り歩く。「少女」は未だ少女であるが嘗ての姿からは打って変わってあの過激さを感じさせない。あまりにも急激な変化だった。
だが少女は「サフィー」として生きてゆく。喪ってしまったものは、もう戻らない事を知った為に。
ーーあの後、彼女はオディムに会った。
彼は最初こそ彼女がした仕打ちに対して怒ってはいたがーー事情を知ってか知らずか、何故か労いの言葉を投げてくれた。そして彼女が呟いた「どうせ私は独りだ」という言葉に、彼はまた少し怒りながら説く。
『独り?お前はもう独りじゃないじゃん。お前の事を知ってる奴は此処にいっぱい居るだろ!良いとか悪いとかどっちも込みで』
…………そうだ。
"自分"を知る人間なら、此処に沢山居る。
孤独じゃ無かった。
彼女は心の中でだけ、其の事実に何故か安堵した。
冷たい氷の下に落とされて閉ざされてしまった、あの感覚は此処に来てから無かったんだ、私が気付かなかっただけで、少なくても私を気に掛けてくれていた人はちゃんと居た。今も。
心は波紋も無ければ、乱れる事の無い水面の様に静かだったが、サフィーはただ穏やかに受け止められた。
少年との遣り取りを交わして、其の後エムオルとーーまたアムルアに会って、迷惑を掛けてしまった事、此れ迄の事を謝った。エムオルもアムルアももう気にしていないと、そう言ってくれた。
もしかしたら世辞かもしれないが、……まだ素直に相手の言葉を受け止めるに時間が掛かるかもしれない。
其れと少年、改めてオディムからはユイルという人物が主導の叛逆部隊に彼が配属される事になったと聞かされた。本当ならば素直に喜ぶべきだけど、先程の通り言葉も、全てを素直に受け入れるには時間が掛かりそうだった。
ーー復讐者達に改めて会うのは、もっと時間が掛かる。そんな気がする。
…自分の部屋までの道程を歩く。
リプレサリアは改めて拡張されたらしく、私の部屋迄の道程は結構長くなってしまった。
けれど仕方の無い事だから、私は時間を掛けながら回廊を歩いて、自分の部屋へ戻る、ーー心の整理と同じ様に。
焦っても、早まってもいけない。
ふと、後ろ髪を引かれた気がして、少女は後ろを振り返った。
……在る筈も、居る筈も無い。時は宵廻り、穏やかな月明かりだけが回廊を照らしていた。
幼い頃なら向こう側の暗さに怯えていたものだった。
でも今ではまるで世界の暗い部分の様に見えている様に思えてならない。
目の覚めた少女の前にはただ冷たい現実が横たわる。
ーーでも、少女にとって、覚めるまでは確かに霞んでいたものだった。




