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Dea occisio ーFlamma florumー  作者: つつみ
Re agnoscis(認識する現実)
54/125

『Sol canibus』

失意の中で帰還を果たした少女はまるで糸の切れた人形の様に寝台(ベッド)に横たわる。

譫言(うわごと)の様に過去の人物の名を呼び、信じ慕った乙女の名を呼び、少女はまだ幻日に生きていたーー



「ああ……星の乙女(■■■■)様……星の乙女(■■■■)様………」

少女の瞳は何処か遠く、何より光を鈍らせてしまった赤紫色は、当の前に存在しない者について追想を繰り返す。

慕うべき尊主、

敬うべき御方、

本当なら愛おしい者と結ばれるべきであった方ーー

永遠を愛と共に生き、永遠を確固たるものへと築き、永遠を信仰者達(われわれ)へ享受する筈だったもの。









今際、其の存在は無くて今己が居る場所は真逆の立場の人間達が(ひし)めく所ーー

少女は曖昧な意識の海で無気力に揺蕩い、波も立たない静かな海の表層を漂う。正しく寝台に全てを投げ出して無気力に横たわる様に。

































「おとうさん…おかあさん…ロザ……女神様…みんな……………」

少女は幻と消えた乙女の他に、既に居ない者達の名を呼んだ。…応えない。誰も居ない。


少女を知る者は此の世にはもう居ない。




「みんなみんな…私のことを置いていってしまった………………」

其れは指を咥えて寂しがる幼子の様にも見えて。あまりにも弱り切った小さな鳥は、最早空を飛べないのか。

























































ーーガチャ。






扉の開く、有り触れた音。

















「はいるよ…??」

拙く、微かに震えた子供の様な声が静かで穏やかな部屋の中を巡った。

「ふくしゅうしゃさん、も…いっしょなんだけど、ごめんね」エムオルよりは小さな其の声は紛れも無くアムルアの声であって、彼(彼女?)によると復讐者も同伴しているらしい。

「……………………」サフィーは尻目に二者の様子を見たが、其れ以上応えられる力は出なかった。

































「す、すわるね」アムルアが傍に置かれていた小さな椅子に飛び座り、復讐者が其の隣の椅子に座る。

少女は彼等の方に寝返りを打つ事もしなかった。…例えする程の気力があったとしても、向ける顔が無いだろう。









「………んん」アムルアが両者を交互に見ながら言葉を詰まらせていた。

「……………………」少女は変わらず無言を貫いた儘で、交わす言葉も生まれない。




「……………………サフィー」









復讐者が口を開く。









































「私は、復讐者(■■■)だ。お前はーーいや、君は信仰者(■■■)だ。だが私達は共通点があった。復讐、復讐すべき存在が在るという事。我々は女神、君は私。そして其の為に行動をした。分かってくれるだろうか」

彼は何時もと変わらない態度の儘で、声で、少女に話してゆく。

「然し私と君には決定的な違いがあった。"現実を直視出来ているのか"という事である。私は決して夢の中で生きてなどいない。()()()()()()()。女神も、其の身勝手も、破壊も、殺戮も、全て現実の出来事。そして私の復讐は……"あの人"の無念の為であるのか最もだがーー虚しさも、苦しみも、現実の私が受けている」

…まるで少女を説き伏せる様に、"少女"を"サフィー"へと確実に引き戻そうとする様に。

ーー彼は話す。少女の傍に座って。




「君は無謀だった。其の行動力、飽く無き試み、全て私は気付いていたし敢えて見過ごしていたよ。ーー然し君は現実さえ見なかった。真実を知る事を拒絶して、そして君は夢見故に無策に走る」


「今こそ現実を見ろ、夢から覚めて、見直せ。君の目には何が映る?星の乙女(■■■■)か?デインソピアか?女神達なのか?」



「君が乗り越えたいと願った恐怖は、現実を見て穢れと無情を知る事で越えられるべきものなのでは無いのか?」









彼の言葉は甘く、蕩けて、穢れすら一つも存在していないであろう、少女が見ている女神や乙女の理想の夢を打ち砕いた。

尽く、無常な程に。

復讐者の其の言葉は齢14の少女の心に薄っすらと浸透し、少女を強く取り巻く信徒の夢々を脆く儚いものに変えて、ぼろぼろと崩れさせてゆく。

「あ………あ、あぁ、」

夢が………夢が涸れてゆく……………………少女は抵抗もせず己の中で芽生え蝕んでいた()()が消えてゆくのを漠然とした状態で見送っていた。




少女の目が開けた。

そうすると()()があまりにも陳腐で愚かであった事に遂に自覚を得た。

「少女」は「サフィー」と云う一人の人間として、リプレサリアで其の目を覚ました。

































ーーサフィーは、己を蝕み囚えていた夢から遂に抜け出したのである。

































































寝台に横たわった儘だったが、サフィーの瞳からは大粒の涙が次々と溢れ出していた。

差し込んだ光を受けて、プリズムの美しい涙になった。

「だ、だいじょうぶなのかな」先程から見守っていたアムルアが気掛かりそうに言葉を発するが、僅かに言葉を詰まらせたサフィーの様子を察して、ほっと安堵の息を漏らす。



皮肉な事に少女の夢を覚したのは、彼が知る世界の無情さだった。

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