『Effugere aqua』
月の夜の後から、とうとう機関の設立を叶えた彼は、次の行動に出る事とした。
ーー世界を侵す災禍は寧ろ一層過激なものへと化し、遂に世界は赤く染まった。
多くの者が死に絶え、残された者は嘆き、更に生き延びた者達もまた世界を追われ、締め出された。
復讐者達が新たな女神へ対抗するべく機関を設立している最中でも、過激は絶えなかった。
日に日に悪化してゆく状況であったが、彼等は、彼は、諦めなかった。
遂に果たされた機関設立に合わせ、彼等は生き延びた者達を避難させたのである。
多くの者達が永世不可侵領域へと雪崩込む事となったが、元々其処に住み着いていたツブ族達の朗らかな対応により避難者達は互いの身の安全に安堵した。
或る者は涙に暮れ、或る者は再会を喜んだ。
ーー無事に逃れた彼らを前に、復讐者は己の目的と思想を語った。
『新たな女神を討伐する』。…其の一言は、あまりにも重く人の心に影を差した。だが時は一刻を争い、こうしている間にも女神による破壊は続いている。
だからこそ反抗の時は来たのだーーシーフォーンの洗脳から解放され、女神達から受けた理不尽を思い出し憤った者達よ。
新たに生まれた女神は、理不尽すら超えた。
彼女は今や破壊の限りを尽くす怪物へと堕ちた。
アレを討ち取らねば世界に真の安寧は訪れない。
…そして、ひとりの決意が彼等へ伝わり、軈て一人一人が立ち上がる。
抑圧された怒りは結束を生み、奮い立たせてゆく。
ーーそうして"対女神討伐機関リプレサリア"は誕生した。
彼の発言から始まり、約4年年程の年月が流れた頃。
…………リプレサリアのエントランスでは、フィリゼンから逃れてきた商人達が活気をもたらしている。
領域より外である「世界」に出れば立ち所に女神の破壊の手を受ける為、彼等は此の領域の外へ出られないが隔絶された領域の中であれば絶対的に安全だ。
原理こそ不明だが、"女神"と其れに纏わるものを遮断する事が可能らしい。エムオルの話でも何故そんな事が可能なのか、残念ながら分からなかったが。
それ故に次第に流れ着く難民達は増え、軈て一つの場所を中心に小国家の様なものが誕生した。
其れ一つ其のものが国家の様でありながら、一つの巨大な組織であった。
「リプレサリア」ーー"憎悪"を込めて、女神へ「報復」する者として。
ーー内部が活気に栄える城下の街の如く賑やかな中、"道"を辿って辿り着いたと思われる馬車達が開かれた門を越えて内部へ進んでゆく。
ーー…或る一つの馬車から、少年が顔を覗かせた。少年の瞳は琥珀色、赤茶けた短髪が凪いだ風に僅かに揺れる。
彼の視線は組織其のものを見詰めている様だった。
…一方、別の馬車の中では、何か思い詰めた様に沈黙し、宝石の様な赤紫色の目を伏せて己の手元を見詰める少女が居た。
白い其の手に、硝子の小さな剣を光らせて。




