『Ad originem karma』
「はあ………はあ……………………!!」
荒野を数日間馬に乗り駆け抜け、軈て辿り着いた先で降りて走り出してから、少女は聳え立つ真っ白な塔の前に立った。
辺りを見回し、酷い有様に眉を顰める。
(ああ…酷い……なんて…こと……………)少女の心は胸の痛みとなって突き刺さった。
幻想に満ち溢れていて美しかった星都は今や瓦礫の積もる廃墟も同然であり、都としての機能は失われてしまった。
然し彼女は自らが生まれ育った此の都の惨状を憂う暇等は一切無いのだ。少女には彼女が定めた"使命"がある。
「復讐者を、殺さなきゃ……」
敬愛なる星の乙女を殺せし仇敵。そう少女は看做す。
「……………………。」ぎゅ、と強く布を巻いた硝子の短剣を握って、サフィーは見上げる。
復讐者達の後を追って、少女サフィーもまた塔の中へ入っていった。
星都白塔の中は、聖都の時の内部とは大きく異なっていた。
まるでデインソピアの夢の城の中に居る様な錯覚を覚える。
散りばめられた星の光、銀河の床、一等星の壁灯、吊り下げられている星の灯明、深みのある青を基調とした所々すら美しい。
造られた水場には金剛の様に輝く星々が底に眠り、まるで湖面に映し出された夜の空の様であった。
「ああ…………」
サフィーは恍惚を覚え、愛おしくも可憐な存在を思い浮かべる。ーー此処で侍女として仕えられたら、彼女と其の愛する殿方が睦まじくしている姿を見守れたのなら。
きっと叶えば、天にも昇りそうな幸福だろう。
可憐な少女の如き者、そして対の如く並ぶ、穏やかな少年の様な者。二人が織り成す美しく永遠の光景。
其れは唯一の楽園の唯一なる男女の様であり、信徒にとっての至上にして至高、究極の最終地点であった。
サフィーは思い描いて綻ばせ、少女の無垢な顔は蕩けていた。
ーーふと、サフィーを現実に引き戻す、深い赤色。
「いた…っ」恍惚に浸って気が付いていなかったが、どうやら短剣で指を傷付けてしまったらしい。
プツ、と切れた指先から血が滲む。
「……………………あ、」其の赤を見て、彼女は思い出す。
ーーロザ。
ーーそうだ。ロザは、ロザは死んだ。私の短剣で。
一つを起点に急速に蘇ってゆく後悔と積年。
「い…や……いやあああああっ!!!!!」
サフィーは短剣を落とし、頭を抱えてしゃがんだ。
ロザの憎悪に満ちた瞳、淀んだ言葉、…母が目の前で焼かれる光景、星都が滅ぼされる行く末を、……廷へ向かう日の夜、自分の見ている所で星の乙女が殺される場面を。
横たわって動かない星の乙女を中心に広がる、黒い血溜まりの海をーー
忘れる事すら放棄して、憎しみを募らせ、認めた。
今の彼女はただ残された者として、殺された者の無念を晴らす為生き抜いていた。
ーー或る意味、復讐者と同じ。
サフィーの悲哀と憎悪に濡れた瞳が強い怨嗟の炎を宿した。
「そうよ…私は……殺さなきゃいけない……星の乙女様の仇を討ち、そしてあの方の無念を晴らす。出来るのは私だけ!!」
復讐者殺しの復讐者に、なり果たしてみせる。
赤紫の瞳に、唯一の星を宿して。




