『Tribulatio et bellator ーⅡー』
…………息を吸い、息を吐く。
戦場の淀んだ空気が肺の奥を擽った。飛び交う灰のいと白き事か。
エフィサの精鋭の一人として戦い、女神を庇護する役割にあった。
だが、何時からだろう。
「女神」が正しい存在とは思えないという事を、確信したのは。
彼女が「ルフェルサスのユイル」では無くなったのは。
あれは多分、春の終わりで、夏の近付いた昼下がりだった。
ユイルは当時の隊長から呼び出され、赴いた先にエフィサの都主が居た事を、酷く驚いたものである。
窓辺から新緑の茂る枝葉が揺れる様を遠くに見詰めながら、彼女は答えられる限りを話していた。
「其れで、ユイル。君に頼まなくてはならない事がある」
…都主の其の一言が、全ての私の運命を分けた。
「君には是非とも見つけ出して欲しい方が居る。聖女だ。奇跡の力を秘めた魂の聖女。名をレミエと云う」
言われた通りの人物を探し出す為にルフェルサスから抜けエフィサを出て、旅人として探し続けた。放浪の長い旅路に出て苦労は幾程にもあったが、彼女は其の度に乗り越えた。部隊に所属して培った不屈の精神で。
ーー然し何故自分が選ばれたのか?聖女捜索に白羽の矢を立てられたのか?ユイルには分からなかった
でも、ユイルは、彼女は、レミエに出逢って何故自分に白羽の矢が立てられたのかを理解した、気がする。
ーーそうだ。
此の女性の事について、知っている気がする。
何故かずっと遠い昔から、親しい人だった様にすら思えてならない。
そんな気がした。
そして、自分が最も年少だった事も、自分が都から出てエフィサが滅んでしまった事も、其の理由すら彼女は一瞬で理解してしまった。
聖女レミエとは奇しくも年齢が近く、そして同性故に打ち解ける事が出来た。
そして彼女を匿い育てていた司教が自分の姿を見て全てを悟り、レミエを頼むと伝えられた。
二人での放浪の旅は険しい事の方が多かったがーー
其れは女神達に彼女の存在が知れてはならなかったからだったし、とは言え楽しく過ごしていた。
なのに、リプレサリアで再会してから、彼女は突然態度を変えてしまっているーー
ユイルは悩み抜いていた。急変した友の態度に戸惑いを覚えながら、彼女が余所余所しく振る舞う理由を。
「自分が何かをしてしまったのではないか」と。
「…で、ねーちゃんはその理由が分かんなくてあんなんなってたんだ?」
「はい…レミエさん、彼女は…何も言わない事がありますから、だから分からずに悩むんです。私の事で何かあるなら、言って下さると良いんですけれど………」
ユイルはぐっと悔しそうに話す。
「レミエさんはレミエさんなりに言いたくないのだろうと分かってはいます。でも、気不味い関係になると誰だって理由を聞きたくても向こうが避けますでしょう?私と彼女との間でも例外は無いです。だからーーううん、でも、駄目だ。此の儘じゃーー」
軋轢が出来て、深まって、二度と戻れなくなってしまう、と言いかけた所で彼女は口を噤んでしまった。
「ふーん」オディムが一通り聞いて、其の上で彼は話す。
「じゃあさあ、ちゃんと捕まえて聞けば良いじゃん」
其れは確かに最適解なのだが。
「…あのー…聞いてました?私の話?向こうが避けるから、出来ないと私言いましたけど」
「うん。だからさ。レミエさんをとっ捕まえて、ぶつければ良いんだよ。お互いの本音とかさ」
オディムはあっさりと答えを返す。
「お互い気不味い時は腹割って話せばいいんだぜ、貧民窟の皆とはそうやっていたからずーっと気不味いって事なんか無かったもん」
少年の語る言葉に、果たしてユイルは答えを見出だせていたのか。
其れはまたさて置き。
「おーい坊主!!医務室の奴が呼んでたぞ!!!」
向こうの方からオディムを呼ぶ声が聞こえて、少年は素直に立ち上がって医務室へ向かって行った。
去り際、少年はユイルに向かって振り返り、
「話してくれてありがとな、俺の助言、参考になれなくてごめん!!」
最初の時の様に屈託の無い笑顔を向けて、彼は走り去って行った。
噴水前に取り残されて、また独りになったユイルは、もう何度目かの大きな溜息を吐いた後、今は悩んでも仕方が無いと言わんばかりに復讐者に言われたある事に取り掛かる為に立ち上がった。




