『Tribulatio et bellator ーⅠー』
ーーサフィーが脱走して、オディムが医務室に運ばれてから数時間経った後だった。
件のサフィー脱走の件は流石に代表者達が此の場に居ないという事で保留という形になった。
然し彼女が以前に犯した騒動や複数の戒律違反と脱走に加えてオディムの怪我については大した事には至らなかったとは言え、今回ばかりは流石に情状酌量の余地は無いという事でサフィーの件については身柄の保護は優先しないという事に決まってしまった。
…正直、彼女の行いが復讐者達の足を引っ張ったという事について機関にいる多くの者達があまり良くない印象を抱いていたらしく、「世界の危機よりも自分の感情か!!!」という人間達の主張によって
『もしサフィーの身に何かあったとしても、助けには行けないし炎の雨に当てられて死んでしまったなら其の儘にする』
というある種酷い選択を取る事となってしまった。
「とんだ奴だな」とは医務室に運ばれて目が覚めたオディムの一言である。
…そして、一日が経過した。
復讐者達は多分既に星都に辿り着いているかもしれない頃合いの筈で、もしもサフィーが何とも無いのならば、移動手段があったのだとしたらーー恐らく彼女もまた目的地である星都には寸前まで到達しているかもしれない。
本の角で単瘤を作ったオディムは湿布を貼らされ更に剥がさない様に包帯を一応巻いていたが、特に其れ以上の被害は無いらしい。
中央広場の噴水前に向かった彼は、ふと、噴水前のベンチで項垂れている人物を見掛けた。
「…………はあ……………………」
一際大きな溜息を吐いた、緩やかながら整った私服の……女性?を見てオディムは声を掛ける。
「あんちゃん見ない顔だなー、名前は?どしたの?」
突然見知らぬ少年に、しかも男性扱いされて流石の彼女ーーユイルも思わず、
「女性です…!!!」
と、反射的に返してしまった。
「いやーごめん!!あんちゃんだと思った!!!ねーちゃんだったとは」
オディムはやや大袈裟にユイルに向かって謝る。
「い、いえ、いえ、仕方無かったですよね、何せこんな格好ですし」
ユイルはユイルで、必死に謝る少年に向かって必死にフォローする。
「そ、其れよりも……あの、頭、怪我してるんですよね?大丈夫ですか?」
ユイルは心配そうにオディムの頭の包帯を見た。
「え?コレ?…うん。ああ、大丈夫。心配してくれてありがとな…あてててっ」
オディムは単瘤の出来ている所を迂闊に軽く触れ、そしてあててて、と痛がった。
「ちょ、触っちゃ駄目ですよ!!!!!…腫れてるんですね!?」ユイルはまた慌ててオディムの手を掴んで下ろした。そして彼女ははっとして少年の手を離す。
「あっ!!すみませんでした勝手な事をーー」
ユイルの慌てた様子にオディムは、
「ーーあっはは!!ねーちゃんさっき何かに悩んでいそうな感じだったのに、さっきとは違うじゃん」
「ええ…………??」少年に指摘されて、ユイルは気付く。
先程まで悩んでいた自分が嘘の様に消えた。だが其れは少年の頭の怪我の事が気になってしまったからであり、思い出してまた落ち込んでしまう。
「はあ…………………………………………」
ずぅん、と急に暗くなったユイルを見てオディムが今度は慌て出して必死に謝っている。
…どうも、ユイルはレミエとの事を未だに気に病み尾を引いているらしい。
「なあ、ねーちゃん」オディムがすっとユイルの隣に座り込んで、まじまじと顔を覗き込んだ。
そして少年は屈託の無い笑顔でユイルに手を広げ、伸ばす。
「あんたの話を聞かせてくれよ!悩みもあるなら話してくれる!?」
少年の表情に毒気を抜かれて、ユイルは少しずつ話し始めた。




