『Caelestia quaerere』
ーー謹慎を言い渡されてから其れ程日は経っていないが、オディムとサフィーはリプレサリアで生活していた。
オディムはサフィー監視の為に同室であったが、聖都での件においての立ち振る舞いから酌量の余地があった為、機関内での行動に制限は無かった。
……問題なのはサフィーの方である。彼女は聖都での件で一行の足を引っ張った上に連帯的な責任の元凶ともなってしまっていたのである。
其の為機関内ですら行動に大幅な制限が掛けられ、軟禁状態であった。
サフィーは酷く不満そうな顔を浮かべながら軟禁されている部屋の中で「■■■■と■■の神話にして愛の物語」という、ーー所謂、星の乙女教徒の聖書を読んでいた。
…サフィーはゆっくり瞳を閉じて、そして回想する。
ーー………意識を己が見てきた過去の世界の波間に沈めて……
ーー…………………………………………
……………………
…………
……。
……………………そう。あれは星都で行われた開教から900年以上経った記念のパレードであった。
サフィーはまだ幼く、まだ其の頃生きていた父親と、優しかった母親と共に四女神と主神である星の乙女の姿と尊顔を見ようとした、あの時だった。
小さかったサフィーは必死に見ようとして、見かねた父親が肩車をしてくれた事でやっと其の姿を見る事が出来た、其の時だった。
パレードの台車の上に立つ星の乙女はとても輝いているようで太陽の明るさすらまるで彼女の為の舞台装置でしかない様に見えて、そう思えてしまう程に彼女は可憐で愛らしかった。
高貴な身分の者がする様に小首を傾げて微笑みながら手を小さく振る彼女は其れは確かに美しくて。
サフィーにとっての「初めての憧れ」が生まれた。
「わああ…」幼いサフィーが其の可憐さに見惚れている時、向こうの方からサフィーを見てきた。サフィーは視線に気付くとハッとして頭を下げたが、彼女はまるで「謙遜する必要は無いのよ」とでも言いたげににこりと微笑んだ。
「……………!!」微笑み返された事に幼いサフィーは瞳をきらきらと輝かせながら喜んだ。此の幼女が(■■■■さまって、とてもすてきなんだ…!)と思ったのは言う迄も無い。
そして幼いサフィーの「憧れ」は「願い」へと変わり、成長と共に「可憐な■■■■様の傍に生涯を掛けてお仕えしたい」と望む様になっていった。
(それで……………)
(私は頑張ってより敬虔な信徒らしく振る舞い、忠実だった。)
(お母さんは応援してくれて、死んじゃったお父さんは………昔の記憶と、写真の中でしか残っていないけれど…でも、私は頑張った)
(でも、私がやっと侍女として選ばれて、そしてその夜星の乙女様の所へ向かう最中で……………あんな…事に…………………………!!)
サフィーの手がぎゅっと膝の上で拳を作った。(許せない許せない許せないっ……………!!!!!どうして、どうして、あの方が…っ!!!)
唇を強く噛むサフィーの表情は悔しさで一杯だった。
ーーでも、私は…
フッと彼女から力が抜ける。
(………あぁ、そうだ。でも、私が我儘だからーーロザは………ーー)
ロザの死を思い出して、サフィーの心は虚しさを覚えた。
ロザは二度と帰ってこない。
永遠にーー
「ロザはーー私がーー」
殺したんだ。
「ああーー」サフィーの後悔がロザの死の記憶と共に蘇る。
ロザが私に不満を抱いていた事、私を恨んですらいた事、
どうして早く気が付けなかったんだろうーー信じて慕ったロザに纏わる事で思い巡らせる。
そして少女の手は震えながらも何時の間にか無意識に祈りの仕草へ変わっていた。
(こんな時ーー…星の乙女様だったらーー)
少女はあまりにも小さくーー
極めて原初的に、恐れへ対する救いを求めて、本能的に祈り、求めていた。
少女の渦巻く感情を、同室に居ない少年は知らない。




