『Sequitur ex griseo』
「ーー……はっ、はっ、はあ、はあ………………!!」
息も絶え絶えに必死に荒れ果てた荒野を走る者の姿が一つ。
(ーーしても酷いよ、ペールアさん……騎獣すら寄越さないなんてさ〜…!)
はっ、はっ、と必死に途切れ途切れの呼吸を繰り返しながら心の中で自分の主に悪態を吐く。
サクモが騎獣を与えられなかったのには一応の理由はある。騎獣に乗っていれば行動は早くても復讐者達に見付かってしまう可能性が大きい為であるからだ。
速い騎獣なら撹乱するなり往なすなり何也とした手段は使えるかもしれないが、復讐者自身の持つ能力や騎獣並みの素早さ有しているツブ族によって追い抜かれてしまう可能性の方が圧倒的に高い。
「っでも…!急がなきゃ………!!」サクモは辺りをちらちらと見回しながら必死に走って、走って、走る。兎に角走る。
女神ペールアから受けた使命を守る為に。
…と言うか使命を果たせなければ自分の命は先ず無い。
……よって、サクモは己のあまり使わなかった身体を酷使せざるを得ない。
特使として使い走りしてから何日経ったのだろうか。一応焔の花教団の人達が食料の提供をしてくれてるし路銀等も困っている訳では無いのだがーーが、此れまで少食で、或いは殆ど食べなくても良かった状態が足腰を使い挙句苦手な運動に常に従事せねばならなくなった為に今までみたいな少食では足りなくなってしまった。
ある意味健康的………なのかは分からないが今のサクモにとってはそんな事はどうでもいい。兎に角女神シーフォーンの欠片を一つでも多く見付けて持ち帰らねばならない。
…つまりは、何の成果も無ければペールアに殺されるかもしれないのだ。
彼女としてもそんなあっさり死ぬ訳には、本当に、いかない訳であり。
然し焦ったり余裕が無ければそういう時に限って良くない事が起こるものだーー
「ーーひゃわあぁああぁぁぁ!!!!!」
サクモが前を見ると目と鼻の先にあろう事か「最も出会ってはならない存在」が居たのである。しかも一行。
そして悪い事というのは連続的に発生するーー
驚いた拍子にサクモは尻餅をつき、隠していた教団の証を落としてしまったのだ。
「えっ」
「あっ」
復讐者は彼女が落とした証を、サクモは彼の表情を、そして彼に同行している仲間と思わしき者達は二人の様子を、同時に見ていた。
「……………………教団の人間か」復讐者は静かな声でゆっくりと武器を取り、此れまた静かにサクモへ向けた。
「ちっ違うっ……ひぃぃっ!!命だけは勘弁して下さい!!!!」慌てながら必死に取り繕うが生来の不器用さ故に余計に事を大きくするだけであった。
「女神に追従する者は誰一人ーー」
復讐者が武器を大きく振り上げた瞬間にーー
(ーーあっ、そうだ!ーー〜あれっ、あれがあったんだ!!)
何かを思い出した彼女はーー
「…っええいっ!!!お願いです何とかして〜っ!!!!!」
試験管の様なものに入っていた灰の様なものを管を割って其の場に撒き出した。
ーーサクモの行動によって割られた管より撒かれた灰は、嘗て彼等が戦った追従者の姿を伴って形成、現出した。
「!!!!!」復讐者達は突如現れた追従者の姿に驚き、皆武器を構えて警戒をした。
どれも皆、追従者と同じ姿をしているが、全員灰色であった。
…聖都で戦った贋者みたいなものなのだろうが、どうも少し違う気がする。
……一方で、サクモは尻餅をついた儘彼等の様子を見ていた。
暫し見ていた後に、逃げるなら今の内、と気付いて必死に逃げる準備をし始め、そして彼女は逃げた。
…………のだが、どうやら今日の彼女はあまり運が良くないらしい。日頃怠けた分のツケなのかもしれないが、彼女が出した灰色の追従者達はあっさりと砕かれ、そして彼女自身もあっさり捕まってしまった。
何とも情けない話である。
「いやほんと!!言う事聞きます!!!すいません許して下さい!!!!何でもしますから!!!!!」
…何か何処かで聞いた事のある台詞を吐きながら必死に命乞いするサクモの姿がある意味居た堪れない様な気がして、一部の拘束を解いて尋問する。
取り敢えず復讐者は彼女の何処かで聞いた事のある台詞に対して
「よーし、今何でもするって言ったな?」
と冷たい表情で返して、サクモに対して幾つか訊ねる事にした。
「良いか、私の尋問に答えるんだ。答えなかったら君の事は教団の人間として当然の処断を行う事にする」
…と、先程と同じ表情でサクモに告げた。
「ーー1つ目。君の名前は?…2つ目。そして君は焔の花教団の人間なのか?…3つ目。何故一人なのか?…4つ目。………目的は?」
復讐者の淡々とした質問責めにサクモはやや狼狽えながらも答えてゆく。
「……えーと、1つ目は…私の名前はサクモ、です。2つ目…は、厳密には違う様なそうじゃない様なゴニョゴニョ…………、…と、3つ目は……………4つ目…は………………………」
2つ目辺りから言い渋る様子が窺え、どうも話せないらしい。
「問いには答えるんだ」復讐者が武器を喉元に構えるとサクモは身の危険から泣きそうになりながら命乞いと共に吐き出した。
「ぅわーーーーーーーっ!!!!!!!止めて下さい止めて下さいほんとに死にたくないです!!!殺さないで!!!!!!私はサクモ!!!!!で教団側の人間ですが厳密には特使って扱いなので教団ではちょっとややこしい立ち位置ですぅっ!!!!!だから殺さないで下さいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!」
「やっぱり教団の人間か。よし処断だ」
「いやああああああああああ!!!!!答えましたから!!!殺さないでって言ってるじゃないですかあああああ!!!!!!!!うわあああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
首を激しく横に振りながら必死になって暴れる暴れる。
「ふ…復讐者さん、全部聞き出していないのでは……!?」レミエも一連の様子を見て何とも言えなさそうな表情を浮かべながらも復讐者を止めようとする。
「ああ、そうだったな。…サクモ、3つ目と4つ目について、」
振り上げた剣を降ろして改めてサクモに聞き出そうとした瞬間ーー
ーーサクモの真下に花の様な模様の赤く輝く円陣が現れ、彼女を囲むと、一層目映い輝きを放った。
「くあっ!!」間近に居た復讐者は思わず強く目を閉じ、同じく近くに居た彼の仲間達も目を覆い隠す。ーー目映い輝きが消え、一行が目を開けると、既にサクモの姿は消えてしまっていた。
目映い輝きと共に消えた、単独行動をしている教団の人間。
ーー女神の特使サクモ。復讐者達とは此れが初めての邂逅であった。




