『Puella AGGRAVO』
スノウルが己の理想通りに事が進みつつある事と同時にほくそ笑んでいた時、不可視の眼が彼女を捉えていた事は気付く筈も無く。
ーー暗い影が死の様にスノウルの首元に手を回した。
「ーー………ひっ…」
常に見下し、舐め切っている彼女にしては非常に珍しく小さな悲鳴を上げた。
ぞわわ、と毛羽立つ様に全身をある種の悪寒が駆け抜けて行った。其の青い瞳を少しずつ泳がせ気配のした後ろへ送り続けた途端、喉元に喰らい付く様な嫌悪が彼女を襲う。
『騙る事は彼女にすら匹敵するのか……………』
残念ながらスノウルの耳には聞き覚えの無い青年の声が吹き掛けられる様に囁かれる。
『ーー竜の化身だなんてそんな随分な事を吐かすのはお止めよ、君は悪魔だろう?そっちの方が性に合っている』
青年の声はスノウルの邪悪な側面を看破し、容易く定義を付けた。嘯いた竜の化身では無く、お前は悪魔だーーと。
「めっちゃキモいから離れて欲しいんですけど」スノウルは纏わり付く気配に悪態を吐き必死に逃れようとする。
彼女の中にある種の焦りが生じていた。僅かな芽だが。
『全くもって君の悪意には驚かされる。元より毒気のある言葉で遠回しにネチネチと相手を傷付ける事に長けている程度の悪意の持ち主なのだ、今回も潰し合いを高みの見物と決め込んでいる様だが』
然し彼女に纏わり付く気配は一向に離れるつもりは無いらしく、彼女の悪態すら気にしていない。
『上手く仲間を引き込む事には成功しているみたいだね、ニルスィとかいう…女神シーフォーン側だった者を引き入れて。もし女神達が生きていたら裏切り者扱いは確定だろう』
まあそんな事よりも僕は、と続いた後から、
『其れよりも僕が一番興味のある事は…君がーーリンニレースによって追従者に選ばれ其の力を与えられていながら、君は君自身の悍ましい程の狡を犯して其のーー』
「言うなっ!!!!!!!!!!」
青年の声が全てを言い切ってしまう前に、スノウルの叫びが声を覆した。
そして同時に彼女の周囲がざわめき立ち、冬枯れた木々は枝を擦って泣き叫び、地に積もる白雪は舞い、空気はより重苦しいものへ変わってゆく。
『ーー…………。ほう』青年の声はスノウルの黒い力に更に関心を示し、好奇心が声に表れる。
全く以て、邪悪なーー
狂気と苛立ちで爛々とする、スノウルの冷たい青色の瞳。
『……。少し見くびっていたよ。君の其の黒い力。今際は思い通りに動き給え』
黒衣の外套の青年ーー彼の何処か嘲笑った言葉は、霧散する靄に紛れて静かにスノウルの辺りを漂った。




