『Simul extremi sinus』
度重なる炎の雨を掻い潜り、荒野を乗り越えて、彼の一歩が遂に永世不可侵領域の地を踏み締めた。
彼の片足が領域内に入った途端、辺りの光景が大きく変化する。
辺りは新緑の草野が広がる草原に、
燃えた灰と熱が踊る様に舞い上がる暗い空は青く美しい空へと代わり、
そして花々と木々が穏やかな風に揺れていた。
「…………着いたのか…やっと………」
復讐者は青々とした空を見上げる。喉を焼き尽くしそうなあの重々しく苦しい空気は流れて来ない。
そもそも、此の永世復讐者不可侵領域自体がある種の別世界の様な場所だった。
何故こうなったのか正確な原因は分からない。ただ恐らくーー四女神が、シーフォーンが使用した兵器の様な物が何らかの影響をもたらしたのだろう。
(そんな…事よりも………先ず、は…………休息…を……………………)
見上げた空を流れる雲が曖昧になる。視界はぼやけ不明瞭に。
疲労と傷が脳天を打ち据えた様に、見える物事の全てをぐるりと回した。
そして復讐者は、其の場で倒れてしまった。糸の切れた人形の様に。
ーー……………………
ーー…………
ーー……
暗くなった視界が、ゆっくりと開けて明るくなる。
「……………………?」
ぱちり、と復讐者の両眼がゆっくりと開かれた。此処は何処なのだろうか。彼が、彼の自我がゆっくりと目覚めてゆく感覚を徐々に取り戻し思考する事が可能になった時、視界の端に白色がチラついた。
其の白色に見覚えのあった復讐者は思わず飛び起き、端にチラついた白色に向かって大きな声を上げる。
「クロルさん!!」
もう其処には居ない人物の名前を呼んだ。
「ぴぇっ」…白色、もとい小人は小さな悲鳴を上げた。
突如叫んだ男を前に、先程から見守り続けていたのだから、突然叫ばれて驚かない筈が無い。
叫んだ内容が何なのかはまるっきり分からなかったが、自分を見てそう叫んだのだから知り合いなのかな、と思った。
「…あ、いや、すまん」改めて意識が目覚めた復讐者が見遣った白色の正体に気付き、見間違いである事を謝罪した。
「う、ううん。良いの。のぞきこんじゃって、ごめんなさい」
小人もまた必死に謝る。
ーー復讐者は、良くないと分かっていながら横の小人の姿をまじまじと見る。
(…此の姿はどう考えても………)
少し青み掛かった白い髪、青を僅かに宿した琥珀の様な静かな金色の瞳、明らかに追従者クロルに酷似している。
ーー彼女は既に死んだ筈であり、何より復讐者が彼女を殺してニイスの地獄へ落としたのだ。
ならば本来、彼女の魂は永遠の地獄の中で責苦を受けている筈だし、ニイスが不手際を犯すとも思えない。あの常に警戒を解かない青年が、そんな容赦をしてしまったり手を抜いたりなんかしないのである。
とは言えニイスの地獄の仕様については復讐者もエインも知る訳が無いので彼の采配なのだろう。
だけどーー
ーーだけど、何で(見た目では)年齢と性別が迷子のツブ族なんだ???
「もし」、「此のツブ族が」追従者クロルの生まれ変わりであるのだとしたら何故人では無かったのだろう。
そもそもクロルさんについては容姿の時点で男装も違和感無い姿だったし女性らしい服装をしていたとかは知らないがしていた筈だろう。女性だったし。
本当の本当に此のツブ族の正体がそうなのだとしたら愈々を持ってクロルという人物が分からなくなってきた。
突然の事で混乱している復讐者を余所に、扉の方からがちゃり、と音が聞こえ、何者かが入って来る。
「あーっ、だめでしょアムルア」
随分と聞き慣れた声が白い小人と思われる者の名を呼んだ。
「エムオルか」
「おにーさん、目をさましたんだね。良かった。アムルア、めいわく、掛けてない?」
エムオルは復讐者の為に林檎の皮を切りながら、横の小人の名を出した。ーーアムルアと云うらしい。
「……いや、」
特に迷惑を掛けられた訳では無かった。アムルアは相変わらず寝台の自分へ向けて僅かに顔を出して見ている。
ーー其れよりも、今は状況の把握・整理、そして次の手を打つ為に必要な事が多過ぎる。
「エムオル、」復讐者は傍で有意義に林檎を切る小人へ言った。
「エインとレミエさんを呼んでくれ」
…………復讐者達の対抗への道が始まろうとしていた。




