『Arbitrium』
復讐者がデインソピアの首を力一杯に圧し折るーー
骨の軋む音が、ベキベキと耳障りな音を立てながら首が折られてゆく音が、ーー彼女の首が有り得ない方向に曲がってゆく様子が。
「きゃああああああ!!!!!!!!!!」再び我に帰ったサフィーが首を圧し折られてゆくデインソピアの姿を見て大きな悲鳴を上げた。
対して肝心の彼女自身は、不気味な程に悲鳴一つ上げずにいる。其の目はぐるんと上を向き違う方向を其々見ていた。
小開きの口は声すら発さず、つう、と涎の様なものが一筋溢れた。ゴキン!!と一際大きな音が辺りに響くと、復讐者は其の腕を離す。
「流石贋者。悲鳴すら上げなかったか」復讐者は更に攻撃する。彼女の身体に数発の風穴を開けてゆく。
「…あーーーーーーーーーー。あぁーーー、ア゛、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
腹に数発分の風穴を開けられ、首を折られおかしな状態になったデインソピアは、其れでもまだ立っている。
「デインソピア様ぁっ!!」
「気持ち悪ぃ……あんな状態なら普通死んでるっつーのに………」
少年と少女の態度はまるで正反対で、悍ましい起き上がった屍の様な彼女を見て、労しく見詰める少女は明らかに異端であった。対する少年の態度は、正当とも言える反応だ。
「ああア゛あ゛ア゛!!!!!ゴボゴボゴボッ」屍の様に振る舞うものは、足を引き摺り其の手を差し出す。宛ら本物の様。
口からは限り無く黒に近い赤黒い粘質の液体を吐きながら、復讐者にじりじりと向かう。
指差した空より三度の隕鉄が降り注いだ。
エインとレミエ、エムオルが其れ等を往なす中、復讐者だけは往なす事もせずに立ち、ーー軈て、剣を構えた。
(ニイス、ニイス、ニイス…力を貸してくれないか)
彼は祈り、居ない者に願った。
願いは通じたのか、剣は大気より蒼い光を収束し、蒼い輝きを伴って大きく変化した。禍々しい黒色は其の儘だったが、僅かに透き通っていた。
より洗練された形に変化した報復者の剣は、此れ迄とは異なった感覚を復讐者にもたらす。そして、其れは大きな閃光として贋者のデインソピアに放たれた。
異端調停。
破滅の輝きが造られた女神の全てを崩壊させる。
ーー恐ろしい程の空虚が澄み渡った頂上で、パチパチと燃える焔の花だけが僅かに赤く燃えている。
炎の護り手が失われたからなのか、花の勢いは徐々に絶え、そして枯れ果てた。
残った儘の乾いた空気が、相変わらず彼等の喉元を苦しめる。
復讐者が閉じた目を開いた時、眼前に在ったのは人型をした黒いモノだけだった。
形を残した儘隅から隅まで焼き尽くされた様に其れは在りの儘に残されていて、少しばかり強い風が吹いた時、其れはちりちりと空を舞った。
「……………………ああ」
サフィーは其の場にへたり込む。
デインソピアのイミテーションは、幻の如く大気に散った。
「……………………」復讐者が立ち尽くす。
「…認めない。認めない!!デインソピア様が偽者だなんて!!認めないわ!!!復讐者!!!!よくもデインソピア様を二度も殺したな!!!!!」
サフィーは復讐者の方へ顔を向けて怒りの表情で彼を睨み付けながら怒号を吐いた。
「好きにするが良い。贋者も見抜けない時点で、信者というものの良識は推し量れるさ」
「よくも!!デインソピア様達だけじゃ無く、星の乙女教徒まで……!!!!」
サフィーは復讐者に噛み付いた態度を改めようとはしなかった。
「サフィー、」
ふと、エインが少女の目の前に立った。
「あの、サフィー…さん」
合わせて、レミエも少女の前に立つ。
「…貴女がそういった振る舞い等をするのは分かります。ですが、時と状況。そういうものを読んで下さい。感情的になれば誰かを必ず振り回します。そして不服に思うでしょうが、我々は仲間です。仲間に噛み付く態度を取れば反感を招き、瓦解しかねない」
「瓦解!?寧ろ私にとって好都合です!!瓦解すれば私の目的だって叶いやすくなります!!!だかーー」
パァンッ!、と良く通る音がした。
「っーー!!!」
「……………………。」レミエの瞳に、薄っすらと涙が滲んでいる。
サフィーの頬を、レミエが強く叩いたのだ。
「…貴女は、何一つ分かってはいない。分かろうともせずに、私達の足を引っ張った。エインさんがお話した通りです。私達が瓦解するのは貴女にとっては好都合でも、世界の脅威と戦う者達からしたら厄介な事なのです。ーーもしも、私達が瓦解して此処で全滅すれば、どうなるか位お分かりでしょう」
レミエの声は荒ぐ事も無く、ただただ静かにサフィーの心を刺してくる。
「私は………わたし、は…」
「貴女を平手打つのは、正直苦渋の選択でした。ーー例え信じるものが違っていても、信仰する者。同じ友の様に思っていましたから………。だけど貴女がそうであるのならば私はこういった選択肢を選ばざるを得ません。…一応は聖職者を務めていた者として、間違った道を進む者には鞭も必要だとーー」
レミエは少女を、憐れに、或いは愚かだと、そんな目で見ていたーー
「あーーあぁ……ーー」
サフィーは膝から崩れ落ちた。少年が少女の力無い腕を必死に持ち上げて、連れ出そうとしている。
「…ごめんあんちゃん達、俺……コイツの事ちゃんと引き止めてーーいや、力づくでも連れ戻すべきだったーー」
オディムが逆に気不味そうに謝った。若年故の暴走も宛ら、純粋で敬虔な信徒故の理由もあるのだろう。
然しーー
星の乙女教徒は、感情的だ。
星の乙女教徒は、信心深い。
星の乙女教徒は、きっと、今の此の世では最も弱く、愚かになってしまったのかもしれない。
星の乙女教徒はーー
星の乙女教徒は。




