『Gentes sanguinis』
進み行った其の向こう側に、目映い程の頂上。
一行が塔の最上部に出た時、聖都一帯を見回す事が出来た。其れが叶った時、聖都の全体が黒く燃やされて焦げ、白かった壁々は黒く崩れ、或る部分は灰に、或る部分は損なわれ。
「酷い………」レミエが眉を下げて凄惨な光景を見詰めた。
オディムの表情は険しく、彼は嘗て自分達が居た貧民窟の方を強く見詰める。…まるで、其れ迄の光景と、今の光景とを見比べる様に。
一行が塔の上に咲く「焔の花」がもたらした光景を見ていた時に、花の咲く所から強い視線が向けられた事に気付く。
真っ先に気付いた復讐者が瞬時に振り返った時、其処に立っていた人物を認識して、驚愕する。
「デインソピア…………!?」
彼の一言が其れの名を呼んだ。
其の名に驚いて一行の仲間も同様に振り返る。
「…………………………。」
デインソピア、と呼ばれた人物は、無言で其の場から身軽な動きで飛び降りる。
ーーそう。
塔の最上、聖都の白塔で待ち受け、立ち塞がったのはデインソピアだった。
ーーが、其の表情には心を感じられず、冷たくも見受けそうな無表情である。
デインソピアは嘗て復讐者達が一度殺害した筈だったが、何故か生きて今彼等の前に立っている。
…ペールア絡み、か。
復讐者は僅かだがデインソピアから漂う妙な違和感に事柄に女神ペールア・ラショーが絡んでいると確信した。
「デインソピア様っ………!!」
サフィーは思わず駆け寄る。最も信奉し愛した女神デインソピアの姿に、まるで幼子の如く少女は求める。
「止しなさいサフィー!!」
エインが止める声も少女には届かず、サフィーはデインソピアの手を取った。
「サフィー!!!!」
「ああ…ああ………!!お逢いしとう御座いました、女神デインソピア様。あの男達に殺されたとお聞きした時どんなに……っ良かった…!!!」
サフィーはしゃくり上げながら必死にデインソピアの無事を喜び、涙ながらに星の乙女教徒らしく振る舞う。
「…………………………」
「っさあっ!!参りましょう!!デインソピア様、貴女の星の眩い栄光で、彼等の様な絶対悪へ煌星の裁きをもたらしましょう!!!!!」
少女は崇拝する女神の恒久の栄光と安寧の為に破滅を願った。
然し煌星の女神は一言も発さずただ黙るのみ。
ーー途端、ばしん!!と強烈な音が空気を震わせる。
「きゃっ!?」
次の瞬間にはサフィーの手は払い除けられ、彼女の身体は軽く飛ばされていた。
「…………………………」デインソピアの瞳は少女を捉えたが、何も告げない。そして冷たく自らの教徒を見下していた。
「サフィーさんっ!!」レミエが駆け寄ろうとするのを復讐者が制止する。
「近付くな。何をしでかすか分からない」
でも…!と言い掛けるレミエを抑えて、彼が見据えた、女神の姿。
デインソピアの口元が微かに言葉を紡いだ。
「……フェイシンシャオニュ・ソフィア」
ゴウッ!!!と大気を強く震わせる。
塔も震え、たった一人を除いて場に居る者達は強く警戒する。
除かれた一人、少女サフィーだけは呆然とデインソピアを見詰めていた。
デインソピアに酷似した人物は、デインソピアの女神態の名を呟くや星の乙女に似た"あの姿"へと変貌し、天より無数の星を飛来させて復讐者達目掛けて落とした。
「避けろっ!!!」復讐者の一声に合わせ皆が一斉に星ーー隕鉄を避ける。
「オディム!!避けろ!!!」そして彼の台詞はオディムにも向けられた。オディムは慌てて自身目掛けて降ってきた隕鉄を避けたが、彼の目に映った場面では、呆然とするサフィーの姿と、彼女目掛けて降ってくる隕鉄だった。
「危ねえっ!!!!」オディムは言葉よりも早く身体を動かして、呆気に取られるサフィーの身体を強く引っ張った。ーー丁度、サフィーが居た所に隕鉄が落ちる。オディムの咄嗟の行動がサフィーを救ったのだ。
オディムは思わず助けてしまったサフィーの姿を見た。
「……が、どう………、ソフィ…、ま、………で…ん………ちゃん、…ザ……ちゃん……お母、さ………デイン………中…人……死んでしま……………どうして…」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、少女は放心している。
彼女の空っぽの瞳は、虚ろな空を見ていた。
(…駄目だ、駄目だこいつ………だけど、死んだりしたら…復讐者さんは怒るんだろうな…)
いけ好かなくて嫌いではあるものの、已む無しと此の少女を此の時ばかりは庇いながら守らなくてはと思った。オディムは、改めて自分の無力さと先走った事を後悔する。彼等に付いて行かなければもしかしたら足を引っ張る事は無かったのかもしれないのだから。
なら、自分に出来る限りを尽くす。其れが少年にのみ出来る事だった。
「滅ぼしなさい、煌星よ。私の敵を潰せ!!」
デインソピアの言葉に合わせる様に彼女の周りを飛ぶ星は復讐者達を捉えて迫り、復讐者は自ら突き進んで力一杯に往なす。
ーー彼女が復讐者の腕を見た時、
「…!」
大きく其の瞳が見開かれる。
「…人の分際だと聞いたのに。獣の腕を持っているなんて」
感情の篭もらない声と共に紡がれたのは、復讐者の腕の事だった。
「……?」復讐者は目の前の女が発した言葉を頭の中で反芻させる。ーー人の分際なのに獣の腕を持っているなんて。彼女はそんな感じに言った。
ーーデインソピアが、そう言ったのだ。
そして彼は、星を往なした腕を見る。
彼の腕は、"緑色の竜鱗"を持った亜獣種の腕なのだ。
勿論此れは復讐者の元々の腕では無い。能力だ。…報復をする復讐者となった時に「彼」から与えられた、特殊な技能。
女神達やツブ族が扱う「魔法」やレミエの扱う「奇跡」とは似て非なるもの。彼の復讐心が力の糧であり、殺した者達の力を己のものとして扱える様になる最高の技術。
彼の腕は其れによって亜獣……殺した追従者であるデインソピアの追従者ファロナーの力を部分的に引き出していた。
…其れよりも、先輩と後輩の様な関係であり実際親しかった筈のファロナーの存在を忘れているのはどうだろうか。復讐者の腕を見た時に其の腕がファロナーと同じ特徴を持っている事に気付かないなんて、どう考えても怪しい。
本当にデインソピアなのか?
夢想と苛烈を司る、煌星の女神デインソピアなのか?
復讐者の疑問を余所に、デインソピアは攻撃の手を振るい始めた。
「っく!!」
「きゃあっ!」エインとレミエが飛んで来た隕鉄を受け流し、エインは立った儘の復讐者へ発破を掛ける。
「何してるんですか復讐者!!戦いなさい!!!」
彼の言葉に反応する様に、復讐者の手が動いた。
ーー至極無意識に、有り触れて、気が付いたとでも言わんばかりに。
復讐者の咄嗟の強打が、デインソピアの顔に直撃した。
「…………………………?」デインソピアは自分に何が起こったのかさえ分からない様子で、ただ呆然とする。
彼女の視界には、自分を見て驚く復讐者達の姿が映し出されていた。
「…………其の顔は、」
彼が全てを言い切る必要も無い程に。
ーー復讐者の強打を受けた彼女の顔の一部分が、「罅割れて僅かに崩れていた」のである。
「……………………」彼等が呆気に取られている様子を余所に、デインソピアは追撃を行う。ーー然し復讐者達もただ呆気に取られている儘では無かった。直ぐ様に対応し、何かを掴んだであろう復讐者が自ら進み行って彼女に迫る。
「!!!」デインソピアは、素早い身の熟しで迫ってくる復讐者を相手に星を散弾させながら、硝子の剣で彼に斬り掛かる。
其れ等を避けながらデインソピアの剣の一振りを即座に躱して彼女の肩に手を当てて身軽に飛び越えた彼は、デインソピアの背後に立って彼女の身柄を拘束した。
「…止めなさいよ。女神の身体に不躾に触れるなんて無礼でしょ」冷たく、冷たく、静かに彼女は語る。
「生憎だが私は君の正体を知っているよ。ーーペールアめ、見紛える程の紛い物を造るのはどうも一級品らしいじゃあないか」
そして復讐者、彼は彼女の其の首を圧し折ったーー




