『Opus』
ロザの死に、サフィーが震える。
「あ……あ、あ………ロザ、ロザ……引き抜いちゃって、ごめんなさい……………」
ガタガタと震える少女を、痛ましくレミエは見詰め、そしてそっと寄り添った。
「サフィーちゃん、サフィーちゃん、とても、大切な人だったんですね……」
彼女は少女の背を優しく擦り、静かに慰める。
でも少女は混乱していて、中々伝わらない。
「私が…殺してしまった………お姉ちゃんの様に…慕った人を……………!!」
"復讐者を殺してやる"と息巻いて接触してきた少女が、人を殺して恐れる。
少女にとって、初めて殺した相手は「姉の様に大切な人」だった。
「……………………。」復讐者は一方で震え続けるサフィーを脇目に立っている。エムオルやエインも同様だ。
オディムは遠巻きに、サフィーの姿を見ていた。状況こそ違うが何と無く過去の自分と今の彼女が重なったのかもしれない。
大切な人を喪って、大きな傷を得たのは同じだ。ましてや、サフィーに至っては此れで三度目。星の乙女も母親もロザも、サフィーにとっては大切な存在だ。
ーーふと、オディムが視界の端にひらりと動いた黒色に気付くと、次の場面では復讐者がサフィーの硝子の短剣を拾い上げている光景が映った。
「!!!それ!!返して下さい…っ!!!それは星の乙女様から賜った……っ!!!!」サフィーが彼に拾い上げられた短剣に気付いて、突然立ち上がって手を伸ばす。
「没収するつもりは無い。汚れていたから拭こうとしただけだ」復讐者の言葉は、冷たく少女の心に響いた。
「"汚れ"?………………………ロザの、血が、ですか?ロザの血が?ロザの、ロザの!!!!!」
そして暴れ出したサフィーを、レミエとエムオルが必死に止める。
「サフィーちゃん…!!駄目、止めなさい……!!!復讐者さんに反抗するのは、今するべき事じゃ、無い、でしょうっ………!!」
「ロザの事をそんな風に言わないで!!!私の気持ちなんか何一つだって分からない癖に!!!!!復讐者っ、っ、返せっ、返してっ!!!!!」
サフィーは目まぐるしく起こった出来事に対して酷く戸惑い混乱していた。だから彼女は錯乱してしまっている。
年齢特有のものもあって情緒は些か安定しているとは言い切れない。
そんなサフィーを余所に復讐者は短剣に付いた血を拭き取って、そして律儀に少女へ返す。
「…私の事を殺すのならまず他人の血を付けた武器で殺そうとするな。せめて使うのなら血生臭い汚れは拭いてくれ」
彼はすっぱりと少女に告げる。対するサフィーは半ば強引にぶん取る様に硝子の短剣を取り返した。
「あと良いか」彼の言葉が少女に向けて紡がれてゆく。
「ーー…「武器」というものは己の身を守る為、他者を害する為、何方でもある。あの女神と星の乙女が侍女になる奴に其れを渡したのは主に護身用だろう。まあ星の乙女の武器と同じ硝子で出来ているから殺傷能力は高いのかもしれんが」
復讐者はやや呆れ気味に続ける。
「だが其れが武器である以上、本来の用途が護身用であっても相手を傷付けたり殺す事が出来る。君が私を殺そうと其れを振るった様に。傷付ける為に故意で振るったのなら、いや、振るわずとも結局は「武器」である限り誰かの血で汚れるのは当然なんだ。君の大切な人の血だったとしてもだ」
ーー死んだ者の肉も血も、無機質な武器にとっては汚れでしか無い。
そして復讐者は、息絶えたロザの傍に落ちている彼女の短剣を見遣って、サフィーに語る。
「あの短剣、君のと同型ならば持っていったらどうだ。形見として。其れを使うのが嫌なら彼女の短剣で私を殺せば良い」
彼が指差した方角に落ちた儘の、ロザの短剣。
「………いいえ」サフィーは俯いて、首を横に振った。
「そんな事はしません。あれは、ロザのものですから……」
サフィーの暗い声は彼の言葉を否定した。錯乱していた情緒も落ち着いてきたのか、少女はただ立ち尽くす。
「本当に良いのか?なら、先に進むぞ」
彼はあくまでも淡白に言葉を返して、先へ続く階段を上り始めた。
…一行に重い沈黙が漂う。
ーー階段を上り始めてから暫くして、終わりが見えてくる。
「ん、そろそろ着くか…………」復讐者が顔を上げた時、次の場所へ続く道から大きな像のようなものがちらりと視界に映った。
彼は思わず駆け足で進み入ると、其処にあったのは5本の白い石柱に囲まれて立つ、大きな女性の像だった。
「シーフォーン……?」其の像を見て、彼は呟く。其の像の女性は明らかな程シーフォーンに似ていた。
「聖都だからではありませんか」後に来たエインが復讐者同様見上げてからそう言った。
確かに彼等の居る此の場所はシーフォーンの膝下であった聖都であり、彼女の廷があった場所に此の塔が建っている。
像の姿は邂逅時の彼女の様に大きな翼を持ち頭部には小さな翼を生やし、光輪を背負っている。
だが其れだけでは無くて、よく見ると知っている限りの姿と若干の違いがあった。
ーー白百合の飾りを付けた其の姿は、彼女が何処までも純潔だとでも主張しているかの様に見えた。
片手用の剣を高く掲げて、気高く凛々しい表情をした其れは、戦場に舞い降りた女神の如く、とでも言いたげであり。
「…………ふふっ、」復讐者は少し俯いて笑う。
微笑みからは遠く。嘲笑の僅かに混ざった複雑さで。
隣に立つエインが呆れ気味に眉を顰めつつ、彼の動きを静かに見ている。
「ーー。悪趣味だ」長い前髪に翳る蒼い瞳を僅かに輝かせて、彼は武器を手に取った。
そして次の瞬間には、女神の像はバラバラに切断されていた。
「ひゅー、おにーさん、やっるー」エムオルは態と彼をおちょくり、オディムは口を開いて呆気に取られる。
バラバラに切断しただけでは飽き足らないのか、彼は女神の頭部を粉々に砕き始めている。そして其の動きは軈て切断された身体の部分を再び切り崩し始め、最終的にコロコロとした石塊になっていた。
……ほぼ彼の自己満足みたいなものなのだろうが、やり切ってスッキリでもしたのだろうか。
「よし、ではそろそろ行こう。引き止める真似をして済まなかった」
ふーっと大きな溜息を吐き、彼に合わせる様に一行も歩み始める。
次の道筋は、もう明らかだ。
…そんな中で、オディムはサフィーの様子をちらりと窺っている。
先程とは打って変わり、彼女は恐ろしい程に静かになっていた。
(……………………。)少女の様子を見て、少年は僅かな懸念と疑いを抱く。また何かやらかすのでは無いだろうか。
少年は、自分の勘が現実にならなければと密かに願った。




