『Quo amentiae progressi in ruinam』
「…………………………………」
復讐者に背後から心臓を刺し貫かれ、悲願の消滅への絶望と共に命を落としたペールアの死が、復讐者達を追い掛けてやって来た信者達の視界に映り込む。
「…………………………!!」
ああ、ペールア様…!!という信者の悲鳴に始まり、女神の死を嘆く声、復讐者達を責める叫びがけたたましく其の場を賑わせた。
此処は何せ敵の本城である以前に教団の中心地にして聖地。信者達がまだ居ても可怪しくは無い。
彼等にとって偉大なる紅蓮の魔女神ペールアを崇める、遍く象徴其のもの。
紅蓮花の白き塔ーー其の名はペールアへの賛美であり、神聖なる憧れであった。焔の花教団の者にとっては、乙女の様な胸打つ喜びと甘美さとを兼ね合わせた、愛おしい名。
ーーペールアがシーフォーンを敬い愛するあまり彼女の甘い夢に発情し溺れる様に、信徒達もペールアという気高き存在に心を奪われ、一つになりたいと甘い夢を見ている。
そういう者達がペールアと云う病んだ世界の最後の希望に縋る為に集っている場所だ。
世界が狂い、病んだのはシーフォーン達を始めとした女神と、狂ったペールアによるものなのにーー
「貴様ァっよくもペールア様をォッ…!!」
信者の一人がペールアを腕の中に抱えながら復讐者を睨み付けた。
ペールア様、ペールア様、ペールア様…と呻き声の様な嗚咽を漏らしながら信者はペールアに己の命を分け与えようと接吻をし始める。ペールアがゴボゴボと血を吐き出す度に信者達は涙を流し、より懸命に彼女を癒やした。
然し復讐者が得た力の方がペールアを食い潰すのが早く、信者の癒しと慰めの接吻さえペールアを癒やしきる事は不可能だったーー
「ペールア様ぁぁぁ………!!!!」
敬虔な信者はペールアの手を取る。冷めてゆく彼女の温度に涙を抑えられない。己の中に介在する「生命」という炎を分け与えてもペールアは死へ向かってゆく。
「ペールア様、どうかもう一度…」
信者が其の言葉を言い掛けた時。
「ーーえ?」
一瞬動いたかと思うとペールアから何かが飛び信者を横切ったかと思うと、次の瞬間には信者の首は容易に撥ね飛ばされた。
「!!」
復讐者達が其の一瞬の動きの正体に気付けない儘、ペールアを抱えた信者の首はボトリと落ち、狼狽えた周りの信者達が青褪めた顔で其の落ちた首を見ている。
首の断面図が生々しく映し出された後、まるで噴水の様に信者の流血が噴き出した。
「きゃあああぁぁぁぁっ!!!!」狼狽えた信者の一人が大きな悲鳴を上げる。皆が動揺する中、ペールアは殆ど動いていない。
「あ…あぁ……!ペ…ペールア様、の周りで、っ……一体何が…ッッ!!」
狼狽える信者の一人がペールアの周りで起こった現象を理解出来ず腰を抜かしながら其の場を離れようと後ろを向く。
「……………。」
ーービシュッ!!
「ぎゃあッ」今度は離れようとした信者の身体が上半身と下半身とで分断される。寸分の狂いも無く切断された断面からは綺麗な位に臓物や脂肪、筋肉、骨が見えた。
「ーー 、」
言葉を発する余地すら無く、断面からブシャリと血を噴き出して絶命する。
「…っぷ、おぇ………!!」
「嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘…死にたくないっ私は生きたかったのにっだけなのにっ」
「うわああぁ………!!!!」
「これじゃまるで女神シーフォーン様の時と同じだわ…!!」
目の前で繰り広げられた事態と塔から世界を見渡した時の惨状を見て、どうやら目を覚ましたであろう信者達は女神ペールアの所業に恐れを抱き、そして目の前で起きた出来事に強く恐怖する。
「こんなの…あんまりだ……っ…!!」
「俺達は四女神の仕打ちから解放されてっ…でもしっかりした安住の地を得られると信じていたのに……!!!」
「信じれば私達をお救いになるのは嘘だったの…!?」
「私の願いを叶えてくれるというのは何だったのよぉぉぉ…!!!!」
狼狽えた儘だが、信じた存在に裏切られたと思ったらしい彼等は容赦無くペールアへ失望と幻滅の限りを向けた。
(…勝手に信じて勝手に裏切られたと思ったのはお前達の方だというのに……)
彼等の所業に対しては、復讐者もほんの僅かながらペールアに同情する。
ーーだが。
「ヒィッ!!」
そんな彼等の言葉を無慈悲にも切り捨てる様に、ペールアの周りの怪現象は信者達を無惨に殺す。
ギャアアアアアッとけたたましい悲鳴が響き合う中、信者達の亡骸から溢れた血がペールアの方へ吸い込まれる様に流れている事に気付いた。
「…何だ……!?」
復讐者が思わず警戒を強める。彼の様子を察した一行が同じく身構えて様子を見続け、或る者は武器を静かに持ち直し、或る者は構える。
「ペールア様!!!」
後から駆け付けた別の信者達が、仲間の死骸と横たわるペールアを見て一瞬だけ動揺したが、直ぐに状況を理解したらしく溢れんばかりの歓喜と涙に祈りながらペールアを賛美し始めた。
「ああ…ペールア様…!!愛おしき我等の素敵なペールア様、御美しい馨を青褪めてはなりません。泥の様に死せる時ではありません。ペールア様、ペールア様。御目覚め下さいませ、貴女様の従順なる火蛾が此の血の炎をお分け致しますーー」
其の言葉を言い終えた一人の信者が、自らペールアに喰い潰された。
「ヒッ…!」
サフィーが悲鳴を小さく上げる。エムオルも彼女達の狂った行為に思わず両目を強く閉じた。
「ペールア様、私も」
「ああ……眠る時ですらこんなにも御美しいなんて…」
「でも目覚めさせなくてはなりません」
次々とペールアへ賛美や情愛の言葉を投げ掛けながら、信者達は次々とペールアに喰らわれてゆく。
ーー無数の臓物と流血がペールアを引き立たせる様に舞う。
「ヴ あア゛ァァ゛ァ゛ぁ゛ぁぁァ゛ァァァァ゛ァ゛ァァーー!!!!!!!!!!」
ペールアの恐ろしい叫び声が世界の空気を震わせた。
己に従い駆け付けた信者達を次々と握り潰し、信者の肉塊から溢れる流血を際限無く飲み干す。
数多の生命を取り込む事で自らが愛して止まない異形其のものへと変生し、そして最早一個体としての自我を喪った彼女は、女神ペールア・ラショーでも、嘗ての追従者ペールアでも無かった。
「もう、人の身体すら捨てたかーー」
巻き起こる羽撃きによる風圧に耐える中、人の形を捨てたペールアを皆が睨んだ。
もう、憐れみすら抱く必要は無い。僅かに残った憐憫は一瞬にして消え去った。
「あんなの………っ」
サフィーが酷く戸惑いを見せる。勿論オディムもレミエも、皆が其々の心情を垣間見せる。
だが一行達は此の選択を選んだペールアを見て、完全な相互理解は捨てた。
最早分かり合う事すら不要なものーー最初から其のつもりは無かったが、其の感情はより強くなった。
ーー【ワたシはユルサ9イユル差サナ、なインんっ!!!Cフォ、4ふぉーンさンを買え返せカエセッ、こロス、コロスっ殺すコロスころすコロすココココロ殺殺す56素こコ衣ス殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……………】
憤怒。
怒号。
憎悪。
怨恨。
殺意、殺意、殺意。
叫びは言葉。暴力は女神達の大いなる善。薄弱となった精神への更なる追い打ちは、女神達が他者を最大に害し侮辱する事を可能とする無限の殺戮。
信者の犠牲と虐殺を以て、最早女神ですら無い完全な「怪物」は世界に降り立った。




