『Uidetur mortem』
両者の力が同時に衝突し、二人を中心に閃光が塔の上から発された。
ーー相反する属性同士の衝突による相殺。
本来ならば小柄な姿であるクロルーーアムルアでは、膨大な力の崩壊には耐えられない。
然しアムルアは徹底的に己の身を守り通し、更に生まれた隙を利用する。
隙を利用する事はアムルアにとって最も得意な事だった。嘗て追従者クロルであった時からも、仲間同士での組手では最も強かった。
閃光が消え、ペールアの眼が僅かに眩んだ頃、アムルアは鋭くペールアを斬り伏せた。
然し其の一撃だけでは終わらせない。二撃、三撃、四撃………何度も何度も、向き返してはペールアを斬り伏せ続けた。彼女が身動きを取れくなってしまう程に。
「グウゥゥッ……………!!!!!」ペールアが両目、頭を強く抑えて其の場で身悶え苦しむ。閃光による目晦ましや頭痛の他にアムルアの攻撃が彼女の全身を切り刻んでいた為である。
アムルアの纏った風がアムルア自信の素早さを上げただけで無く追撃まで行っていたからだ。ズタズタに切り裂かれたペールアは複数の痛みによろめかせる。
ばた、ばたりと夥しい量の血がペールアの身体から溢れ、血溜まりを作り上げてゆく。
軈て彼女の身体は、其の場で崩れ座り込んだ。
「…あの頃のわたしであったのなら、きっとあなたをこの後助けるでしょう。しかし…もはや、降参すらみとめてあげられない。あなたは終わってしまった。………世界をこわす、女神だから」
アムルアが剣の切っ先をペールアの喉元へ向けた。
「ッ………」ペールアはぎらり、と輝く切っ先を憎たらしそうに睨み付け、僅かに焦った。
ーー此の儘では目の前の者に敗北する、と。
「…あなたの事は、残念におもいます」
アムルアがほんの僅かだけ寂しそうに振る舞い、剣を振るった、直後。
「ーーア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアア゛アアアアア゛アアアアアアアア゛ア゛ア゛アアアアア゛アアアアアアアアア゛アア゛ア゛アアアアアアアア゛アアア゛ア゛ア゛アア゛アアアアアアアア゛アアアアアアアアアア嗚呼亜あA吾あゝアアア繧「繧「繧「縺ゅい繧「縺ゅ≠縺ゅ≠縺ょ履蜻シ縺ゅ�亜あ゛�≪�≪�≪���≪�≪�������������若����篋アアア゛あ吾嗚呼あ゛ゝ在��������≪��!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ペールアの狂った叫び声が周囲から、塔の全てを、世界を汚染する。
「っ…………!!」アムルアが小さな両手で耳を塞ぐ。
ーー…………………………………………
ーー……………………
ーー…………
ーー紅蓮花の白き塔の途中。
ーーァアアァァァァァアァアアァ…………!!
「ぐぁ………耳…が………!!!」復讐者とオディム、サフィーは突如として塔内を響かせた女神の叫び声に思わず足を止め、耳を塞いだ。
「い…痛………い……!!」
「うわぁぁぁ!!!痛ってえええ!!!!!」
「やだあああ!!耳がいたいよおおお!!」
三人共其の場で耳を塞ぎ、脳を侵す病んだ叫び声に痛みを訴える。オディムもサフィーも其の場で膝を崩し座り込んだ。壁がビリビリと振動し冷たく暗い階段は揺れる。
「な…に………この、声…」サフィーは苦痛のあまり涙を滲ませた。然し直ぐにオディムが手を差し伸べてくる。
「おい、立てるか、サフィー」オディムも苦痛で涙を滲ませていたが、より苦痛を受けやすいサフィーを前に少年は立ち上がったのだ。
少女もまた、此れまで衝突し合っていた少年の行動に対して、其の手を取る事によって応える。
「…お前達まだ子供なんだから、無理はするなよ」
復讐者が二人を心配し、敢えて先に行く。可能性を多く秘めた少年少女を守る為の、彼なりの思い遣りとして。
(エインもレミエさんも、エムオルも。………そして、アムルアも、無事でいてくれ…)
彼は静かに同胞の無事を願う。
ーービリビリと周囲を震わせた。大気も、塔も、彼女の叫びに。
「ーー!!?」耳を塞いでいたアムルアは突如発生した突風に吹き飛ばされない様に剣を突き刺して必死に其の場に留まった。暫くして女神ペールアがゆらりと立ち上がる。
立ち上がった彼女は肩で呼吸をしながら口から白煙を吐いている。
俯いた其の表情は読めず、長く無造作に垂れた赤い髪が更に際立たせる。
曰く、亡霊、幽鬼の如くーー
ギラリと垂れた髪の間からアムルアを強く睨み付けるペールアの瞳と目が合う。
アムルアはほんの僅かばかり身構えた。決して恐れてはならない、と自信に言い聞かせながら。
「…フ、フフ、フフフフフ………フハハッ、ハハッ、アハハハハ!!!!!」
ペールアは突如、笑い出した。
「き、汚い!!醜い!!愚かしい!!!!!私はマちガッチゃいナいンダ!!!お前達が愚カだかラ!!シーフォーンさん達の障害だかラ!!!だカら私がスベテ廃する!!!新たな女神としテシーフォーンさんたチの為に!!!!!かノジョ達の歩く道ハゴミもホコリも何一つ無イ、美しく綺麗な道でナケレばならないんデス!!!!!!!!!!」
ペールアは叫び、嘆き、怒り、喜び、憎しみを向けた。目の前のアムルアを完全に邪魔なゴミとして認識したのだ。払えば良い埃から絶対に廃棄しなければならないものとして。
「この全てがシーフォーンさんの、ためだったと!!?」
「そう!!!お美しく綺麗で麗しく愛らしくお可哀そうで健気で強くて芯があってお優しくて尊くて確固たる正義なる偉大なる、シーフォーンさん!!!!!彼女の、彼女達の為!!!!!私が女神になれたのはシーフォーンさん達が彼女達の理想とする世界全てを思うままに支配して美しく正しい道を創る為だったの!!!!!!!!!!あぁ…あはぁぁ………♡」
ペールアは最も強く慕うシーフォーンを想い、最早何度目なのか数え切れぬ絶頂に達した。其の身は淫らにくねり震え、頬を高調させぐりんと瞳を上向きに向けている。先程まで白煙を吐いていた口元は艶を帯びて潤み、吐息は至極厭らしく、舌先はまるで柔らかな蜜肉を解す様に動きながら粘度の高い涎をドロドロと流す。
シーフォーン達の蠱惑的で瑞々しい裸体を思い浮かべているらしいペールアの表情は蕩け、そしてぶるりと小さく一瞬震えた。
シーフォーン達を想い過ぎたあまり、再度絶頂し両脚からボタボタと透明な何かを溢れさせている。
アムルアは、非常に気味悪く不愉快に感じた。きっと復讐者なら更に不愉快に感じ一切の隙も作らずにペールアの脳天を撃ち抜き全身をバラバラにしているかもしれない。
「そんな…あなたには、ふける余裕すら無いでしょう?そろそろ、静かにーー」
アムルアが剣を構え直し、再びペールアに切っ先を向ける。
「ーー…静かに?いいえ、違うでしょ?静かにするのはあなたの方。そろそろ死んでくれません?私の計画を邪魔しないで、……………私と、麗しのシーフォーンさん…達の為に消えて!!!!!!!!!!」
至近距離のアムルアに放たれる大火球。
ーー収束された焦熱、展開する業火、再現された炎の地獄。
ペールアの持つあらゆる炎がアムルアを襲い、其の小さな身体を焼き尽くした。
アムルアが思考し驚愕する隙すら一つも与えず、全力を持って向けた炎がアムルアの武器を溶かし、燃え上がる業火の中に、アムルアを閉じ込める。
「は…ははは、あはははは!!!ははははは!!!!!あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!」ペールアはごうごうと燃え上がる炎を目にして高く高く嗤った。小さなツブ族相手に手古摺った己の醜態を挽回せしめたと言わんばかりに。
ーー軈て激しく燃え上がっていた炎が静かに鎮火し、塔の頂上にペールアだけが残った頃、アムルアが居た場所には、小さな人型をした黒いモノが横たわっていた。
其の姿を見て、ペールアは歓喜に震える。
…勝った、私が勝利した、と。
ーーカンカンカン!!とペールアの耳に聞き慣れた音が届く。息を切らした復讐者達が頂上に辿り着いたのだ。辿り着いて、彼等は目の前に横たわる黒いモノの正体に逸早く勘付く。
「……………………!!!!、…………っ!!」
復讐者が思わず其の黒いモノの所へ駆け寄り、小さな身体を抱えた。
…彼等に遅れる様にエイン達も頂上に辿り着き、そしてエムオルが一番に復讐者の所へ駆け寄る。
「アムルア…!!!!」
復讐者から"アムルア"と呼ばれた黒いモノは、何も言わない。
「え…………」
「ひっ……!!!!」オディムとサフィーは目を見開き酷く驚いて、そして其のあまりの酷さに顔を伏せた。
レミエが回復しようと駆け寄ろうとしたが、エインに引き止められる。「回復してももう間に合わない」と言われているかの様に。
「アムルア、アムルア」エムオルがアムルアの名前を必死に呼ぶ。返事は全く無い。復讐者が抱えた時、少しだけぼろついていたアムルアの片腕が遂にボトリと落ちた。
「!!!!!!!!」エムオルはアムルアの落ちた腕を見て、アムルアはもう助からないと悟った。
「どうして、どうして、なの」エムオルの目に涙が溜まる。ぽつりと落ちて、直ぐに乾いた。
「………、」
復讐者が抱えるアムルアから、小さな声が聞こえる。
「アムルア…?」
「…いて、ほしい」アムルアは何かを言おうと必死に声を絞り出していた。
復讐者とエムオルは静かに、アムルアを傷付けまいと丁重に扱いながら耳を傾ける。
「…さいご、まで、いっしょになれなくて、ごめんなさい。ニイス、■■さんから、与えられた、やくわりを、さい、ごまで、守れません、でし、た」
声と呼ぶには微か過ぎる細い声が、力の無い声が、二人に届く。
「…ふくしゅうしゃ、さん。これだけは、きいて。ニイス…■■さんは、ちゃんと、います。あなたたちをまきこまないために、あの人は一人で、"もうひとりの自分"を探しにいったのです」
アムルアの口から、ニイスが消息を絶った理由が明らかにされた。復讐者は其の真実に驚愕し、双眸を大きく見開かせる。
「ーー"もうひとりの自分"?」
もうひとりのニイスーー…一体、誰の事で、どういう事なのだろうか。
ーー風が一際強く、辺りに吹き荒んだ。
焦熱により熱い筈の風は、何故か穏やかで冷たかった。
そして其の瞬間、アムルアだったものの身体はボロボロと崩れ、灰となって飛んでゆく。
…まるで、此の風に導かれる様に、アムルアの全てが遠くへと。
其の一連の様子を、一行は項垂れながら見送った。
…ただ、復讐者とエムオルだけは、アムルアの最期を、冷たい風に乗って遠くへ行く其の様子を、悲しみと共に見届けた。




